節分鎧年越に行ったよ
節分鎧年越に行ったよ
2月3日節分の日は神社やお寺などで節分行事などが行われたりしますよね。有名なのは成田山新勝寺ですが、桐生人としては近場で個人的に昼間は用事があるから夜に行う、そんな都合の良い場所があるワケないよな~と調べていたら!!!あった~!!!桐生のお隣、足利市では毎年夜に節分鎧年越(よろいとしこし)という行事をしている事がわかりました。
節分鎧年越は、足利市長を主将として鎧なども身にまとった足利市民200人ぐらいが坂東武者となって、織姫公民館から鑁阿寺までの旧国道50号線を法螺貝・陣太鼓を鳴らしながら武者行列し、お寺にて豆まきをするとの事。鎌倉時代中期、足利泰氏が一族の結束と力を誇示するために、500騎あまりをを鑁阿寺南大門に勢揃いさせたという事から、江戸時代の後期に節分の夜に行なわれた立春会から始まったそうで、明治時代前後に一時なくなったそうですが、1915年の大正時代から復活!今や100年以上も続いてる足利市の伝統行事なんだそうです。いや~そんな歴史ある行事・・・お隣の市だと全く知らなかった・・・・
2月3日が平日だったなら例年なら武者行列は18時30分スタートで豆まきは19時30分ぐらいからのようですが、2019年は2月3日が日曜日という事でスタートは17時となってました。16時頃に着いてしまったので楼門(山門)に通じる大門通にいた関係者らしき方に何時頃ここに来るのでしょうか?と訊ねたところ17時40分くらいと教えてくれました。
17時ぐらいだったかな?太鼓が威勢よく鳴り響いてきました。
段々と薄暗くなってきて征夷大将軍足利尊氏公像の周りは松明が点いていい感じ。
尊氏像前でも太鼓の演奏が始まり盛り上がってきました。
大門通のお店も夕暮れになるとまたいい感じ~
鑁阿寺の境内も露店など屋台の灯りも点き、こちらも人が増えてきました。
武者行列はどこで見ようかと悩んだ結果、太鼓橋の横で見る事に。
僧兵の人たちは下駄だから慎重に太鼓橋を渡ってました。
続々と武者に扮した人たちが渡ってきました。
薙刀女子やチビッコ武者など続々と。
武者行列に中に、見慣れないヒーロー的武者?なにかのコスプレ?
足利市長はこんにちわ~と周りに声をかけながら渡ってました。
ライトセーバーのゆうに光る剣を持ってた人がいたり、カメラの前でポーズをとってくれた武者など、見てて楽しめたのですが、太鼓橋では陣旗を手前で降ろしたり、下駄などで渡るのが苦労シて人など、隊列がバラバラになってる間も多く、観光目線としては、この場所ではなかった方が武者行列はもっと楽しめたかも?とも。
武者行列も終わり本堂前へ行くともうそこは押しくら饅頭状態の大混雑の人だらけ状態。
足利市長が市の繁栄を祈願する願文を奉読。
掛け声とともに豆まき開始。
本堂の両脇にも豆まき用の屋台が組まれ、コの字の中の観客に向かって一斉に豆が・・・・帽子などを使って豆を受け取ってる人もいましたが、私は素手で頑張りましたが・・・難しい・・遠くの人まで行き渡るようにと思っての優しさだと思いますが、ほぼ直球で飛んできた豆が顔にビシバシ当たる当たる・・・結局一粒も捕れませんでしたが、結構面白かった。
もしかしたら豆はゲットできないんじゃないかと思って事前に本堂で福豆を300円で買っておきましたが・・・ママと娘は豆ゲットしてて一粒くれました~。
豆まきが終わった後は解散となってましたが、武者に扮してた人たちは家族や仲間と記念撮影したりしてとても楽しそうでした。色々周りから会話が聞こえてくるんですが「この鎧どうしただ~?」「自前だよ~」とか。寒い冬の夜でしたが、熱気溢れる足利市の豆まき、よかったです。
アクセスなどは別ページで→鑁阿寺に行った
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