金山新田神社(太田新田神社)と御嶽神社に行った(御朱印あり)
金山新田神社(太田新田神社)と御嶽神社に行った(御朱印あり)
金山新田神社(太田新田神社)と御嶽神社は金山城址の本丸址にあり、駐車場からは城の遺構巡りをしながら辿りつける場所となっている
金山新田神社(太田新田神社) | |
住所 | 群馬県太田市金山町40ー106(地図) |
電話 | - |
御祭神 | 新田義貞公 |
御朱印時間 | セルフサービス |
御朱印料 | 300円 |
御嶽神社 | |
住所 | 同上 |
電話 | - |
御祭神 | 国乃常立神(くにのとこたちのかみ)、大己貴神(おおなむちのかみ)、少彦名神(すくなひこなのかみ) |
御朱印時間 | セルフサービス |
御朱印料 | 300円 |
駐車場 | 無料(金山城址展望駐車場) |
トイレ | あり |
アクセス | 北関東自動車道太田桐生インターより約4.5キロ車で約12分、太田駅から約3.7キロ歩いて約60分、タクシーで約12分 |
参考 | 金山新田神社(太田新田神社)へは一番近い金山城址展望駐車場から歩いて約800m、道中の詳しい様子は→金山城跡(新田金山城)に行った(御城印あり) |
目次
・金山新田神社(太田新田神社)
・御嶽神社
・梅若稲荷神社
・御朱印
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金山新田神社(太田新田神社)
正面に見える神社が新田神社、新田義貞を祭神として祀ってる神社である
参道には多くのモミジの木があり11月中旬の終わり頃~下旬にかけて紅葉の見ごろとなる
秋に言ったら鳥居前天然記念物の大ケヤキも紅葉してた
新田神社の狛犬のカッコは猫が獲物を狙ってるようなポーズにも見えるし、犬が喜んでる時の姿にも見える
拝殿、拝殿の横に「新田神社御鎮座壱百年記念事業 修復奉賛会発足 趣意書」が掲示されてた、抜粋すると「左近衛中将新田義貞公は、護良親王の令旨を奉じて、元弘三年(一三三三年)五月八日生品祠前に旗擧げし、鎌倉幕府を倒して、建武中興の礎を築かれました。その後、足利尊氏の野望に抗し、南朝の隆替に遭うや東駆西走、勇戦奮闘いたしましたが、遂にその頽勢を挽回するに由なく、延元三年閏七月二日、越前国藤島灯明寺畷において壮烈なる戦死をとげられ、享年三十八歳の命を捧げられたのであります。洵に生品の森に、中黒の義旗を飜してから五年二ケ月、その花の命は短くありましたが、神皇正統紀による建武中興の爲、一族郎党を挙げ、只管尽忠の誠を捧げて、日本歴史に燦然と偉業を輝かされた事は、真に郷土の偉人として尊崇能わざるところであります。さて 新田神社の創始につきましては 新田公の支族江田行義の十代の孫森下大膳が 旧領江田の館(現在の新田町大字上江田)の本丸跡に、藁宮を建てて公及び祖先の遺徳を偲んだのが始めと傳えられて居ります。そして明治維新に至り、金山城跡に神社創建の企図は、当時新田勤皇党の中核で、明治新政府に出仕した太田宿本陣の橋本多賀之助正誠が、明治元年太政官に神社造営の建言書を提出したのが嚆矢とされ 次いで明治六年公の裔孫新田俊純、横瀬貞篤を中心として、新田山田近郷の支族 家隷等旧臣十数名が連署して 当時の栃木県令鍋島幹に嘆願した結果、明治六年八月三日建設が許可せられたと記されて居ります。そこで、太田宿に有志百余名参集し、建設を協議し、先づ金山山頂の本丸跡整地に近郷全村落より千余名が勞力の奉仕を行い 明治七年四月本殿起工してから約六年を費やして明治十三年拝殿の造營竣工をもつて完成した次第」
本殿
見晴らしがよい場所にあった新田神社
右から大正天皇御腰掛石、秩父宮殿下御腰掛石、昭和天皇御腰掛石、高松宮殿下腰掛石、三笠宮殿下腰掛石
この新田神社までの歩きの道中は景色もいいし、自然豊かだから季節になれば新緑や紅葉も綺麗っぽい、皇室の方々もここまで登ってきたくなる神社なんだと思う
御嶽神社
新田神社の社殿の左隣りにあった「御嶽神社」
創立:新田神社二代社掌青木庫次郎正経が、金山山頂の草むらにあった御嶽神社の銘がある石の祠(ほこら)と、太田市下田島の岩松新田家(県立太田フレックス高校)に祭られていた 御嶽大神の社殿を請い受けて、太田市毛里田・東今泉・東金井・韮川・旧太田の信徒数百名と相計り、旧尾州(今の愛知県の西)の城主徳川従一位源慶勝公の援助に依り、明治六年九月本殿を建て同八年十一月 拝殿竣工、同十二年九月 無格社に列せられた。
祭神:国乃常立神(くにのとこたちのかみ~国の神格化である神・万物の生命活動の源の神 神徳 国土安穏・出世成功。開運招福
祭神:大己貴神(おおなむちのかみ)大国主命で大黒様、またの名を大穴牟遅神・葦原色許男神 八千戈神・大物主命などともいう。それだけ多様な性格を持ち、霊的な力も強力。大変ハンサムで、野性的で、力強い神。六人もの有名な女神と結婚し、百八十一柱の神をつくった。神徳 縁結び・子授け・夫婦和合・五穀豊穣・商売繁盛
祭神:少彦名神(すくなひこなのかみ)海の彼方の常世の国から光り輝いて来られた小人神。一寸法師のルーツ、大国主命と組んで国造りの大事業を成し遂げ性格は明るくユーモラスで、豊かな技術と知識を兼ね揃えた神。如何なる困難も克服した精神的に強い神。神徳 医薬・酒・農業の神・病難を救って安産・育児の守護神
祭日:一月一日歳旦祭、四月九日春祭り、十月九日秋祭り、十二月二十二日冬至星祭り
梅若稲荷神社
御嶽神社の左隣りにあった梅若稲荷神社、私が行った時は修繕中立ち入り禁止で京都伏見稲荷大社を本宮として明治に創建された神社だそうです、本丸址に3つもの神社があるのが行ってわかった、この鳥居なんかヒョロヒョロしてる・・・・・
御朱印
昔は御朱印授与所があったそうだが火事で焼失、その後金山城ガイダンス施設が授与所となっていたが、私が行った時は金山城ガイダンス施設は授与をしておらず、本丸址の新田神社のお賽銭箱手前がセルフ授与書となっていた
御朱印はビニール袋に入れられ、そのビニールに小さなチャック付きビニール袋が貼り付けてある、その小さなビニール袋をとり、中に300円入れてお賽銭箱に入れるというやり方、御嶽神社+新田神社の御朱印代600円なら一つの袋に入れてもよい、両替機などないから御朱印が欲しい人は100円玉を持って行かないとね
御朱印は書置きのみで日付は書かれてない、家に帰ってよ~く御朱印見たら文字もスタンプ全てスタンプ・・・・有難さはちょっと微妙だったなぁ
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