井伊直虎ゆかりの地観光したよ
井伊直虎観光したよ
井伊直虎ゆかりの地に関する観光パンフレットは大河ドラマおんな城主直虎の影響で浜松の観光案内所や宿泊したならホテルなどで物凄くたくさんの種類がありました。
正直私も大河ドラマがなければ井伊直虎ゆかりの地の観光などはしなかったかと思うし・・・
今浜松や井伊氏のいた井伊谷地区は井伊直虎ゆかりの地ののぼりも立っていて、観光客さんいらっしゃ~いという感じに整備されてました。
井伊直虎の里観光マップ拡大「直虎の里」ウォークマップより
井伊直虎観光マップや浜松市が選定したゆかりの地などを見ると・・・
主人公が歴史の表舞台にはあまり登場してなかった人物だし・・・史書・文献は少ないし・・・
井伊谷は井伊家全体には関係あるのでしょうが、直虎と無理矢理こじつけてる感じの場所もあったりして・・
近場の人ならいいですが、私のように遠くから行った場合は井伊谷周辺の観光スポットや他ゆかりの地は自分でしっかり選んだほうがいいかも知れませんね。
「おんな城主直虎」の登場人物は、 井伊直虎/おとわ/次郎法師(柴咲コウ) ・父である井伊直盛(杉本哲太)・曾祖父である井伊直平(前田吟)・大叔父である龍潭寺の南渓和尚(小林薫)・
叔父である井伊直満(宇梶剛士)・亀之丞/井伊直親(三浦春馬)・井伊直政(菅田将暉)ですのでこの人物に関わる地が大河ドラマゆかりの地かな。
また井伊家に関係していく今川氏真(尾上松也)や武田信玄なども出てきますが、浜松の地で考えると徳川家康(阿部サダヲ)その正室である瀬名/築山殿(菜々緒)に関するゆかりの地も大河ドラマゆかりの地のも言えるのではないでしょうか?
浜松市が選んだゆかりの地の中から浜松周辺を全体を見て大河ドラマと関係する観光スポットを選んでみました。
浜松市が選んだゆかりの地一覧のパンフレット
浜松・浜名湖waker
↑全部回る事ができる人はいいのですが、
私のように遠方からゆかりの地観光に行って時間的余裕のない人は下記を参考にしてみてください。
このページには浜松市以外の「おんな城主直虎」登場人物に関するゆかりの地も合わせて書いてます。
↓浜松市内
1・おんな城主直虎大河ドラマ館
まずは~大河ドラマ館でしょうね。
開催期間:平成29年1月15日(日曜日)から平成30年1月14日(日曜日)まで。
入場料:高校生以上600円、小中学生300円、未就学児無料~前売り券大人480円、子供240円と2割引になるからコンビニで前売り券を買って行ったほうが得。
休館日:なし
開催時間:9時~15時まで
場所:浜松市みをつくし文化センター
住所:静岡県浜松市北区細江町気賀369
駐車場:あり
天竜浜名湖線気賀駅のほぼ目の前で電車でも楽に行けそうです。
大河ドラマ館では記念撮影も無料でしてくれて小さい写真を無料でもらえます。フォトフレーム入りの写真は1,200円ですが、記念になるお土産かと。
浜松観光スポットの気賀関所が大河ドラマ館オープン時は入場料無料だし、ほぼ隣なのでセットで観光できちゃいます。
というか直虎グッズや直虎土産などは関所側にあるそうです。
いい!直虎”・・なおどらというドラ焼き・・笑える直虎限定お土産ありますね。
また直虎カレーや直虎焼きそばなど直虎グルメ?もあるからランチもできます。
また気賀関所着替え処では期間限定800円で甲冑をつけて戦国武士になったり、お姫様衣装で姫君になったり、僧の衣装で次郎法師になったりのコスプレも楽しめるそうです。子供は大喜びしそうですね。
大河ドラマ館&関所は東名高速三ケ日インターから約9キロ、約13分の道のりです。
真田丸の時上田・沼田・松代と3つドラマ館を見ましたが、おんな城主直虎大河ドラマ館館内マップにあるようにセットや出演者の衣装・小物類や等身大パネル、人物相関図とロケ地の映像の他に出演者全員のサイン色紙が飾られると思います。
どこの直虎観光スポットよりも大河ドラマ館はグッズやグルメなど種類豊富に揃ってるので、直虎と名前の入ったお土産が欲しい場合はココが一番いいのではないかと。
次郎法師としていた寺でもあり直政をかくまった松岳院跡もあるし、直虎の墓や井伊直政座像などがありました。
大河ドラマ館とさほど離れた場所ではにので一度に巡ったほうがいい場所かと。
第一話で、おとわが山門を駆け上ってきましたよね~。
ドラマの中でもメインの寺だし、ゆかりの地NO,1の観光スポットでしょう。
→龍潭寺に行ったよ。のページで住所やアクセスや寺の様子など詳しく。
ここが「おんな城主」になった城跡です。大河ドラマ第1話最後の直虎紀行で紹介されてましたね。
ただ・・城の遺構はほとんど見当たらず、車でも行けず、整地されてますが険しい山登りって感じでした。
足腰に自信がある人じゃないと観光できないっす。
井伊谷城址に行ったよ。のページで場所やアクセスや山登りの険しさを詳しく。
井伊谷城登山道?入口付近にある引佐協働センター2階ギャラリーに、井伊直親(亀之丞)が寄進したと伝えられる「青葉の笛」のレプリカ展示もあります。
本物は寺野六所神社にありますが4年に1度4月の第1日曜日だけ公開・・次は2019年(涙):浜松市北区引佐町渋川823-8(地図)
■共保誕生の井戸
井伊家の祖である井伊共保公の「共保誕生の井戸」です。
祖先は大事ですが直虎とは直接関係なさそうだし、時間の余裕がなかったので私はパスしましたが・・・・大河ドラマ第1話最後の直虎紀行で紹介されてました。
大河ドラマ第一話でおとわ・亀之丞・鶴丸・南渓和尚が共保公が井戸の中にいた事を不思議がってるシーンがありました。
みんなで井戸の中覗きこんでたり~と・・・大河ドラマのゆかりの地になってました。
この共保誕生の井戸(地図)は龍潭寺から楽に歩いて行けます。
■井伊谷宮
ここは龍潭寺隣だから気軽に立ち寄る事ができます。
井伊社も境内ににありましたが、明治期に作られた神社でメインは皇室の神社でした。
井伊谷宮に行ったよのページで中の様子などを詳しく。
■井殿ノ塚
井殿ノ塚は井伊直満・直義兄弟のお墓です。
おんな城主直虎の第一話で今川義元に殺されてしまった宇梶剛士演じる井伊直満がここに眠っています。
おそらく謀反人にされてるから井伊家菩提寺にはないのかと推測されます。
第1話で直満ロスするとは思いませんでした。
ドラマでは北条家と繋がってるからという罪でしたが、史書では今川と同盟を組んでる武田氏と戦をしたからという罪だそうです。
行きたかったのですが、井伊谷城に登った後に歩いて行く気力が全くなかったんです・・・しかも駐車場らしきものが近くに見当たらず時間的余裕もなく断念しました。
井殿の塚(地図)は井伊谷城から近く、歩いて行こうと思えば歩いて行ける距離なんですけどね。
井伊谷城登る前に行けばよかったかな?
■天白磐座遺跡
天白磐座遺跡(地図)とは古墳時代に井伊谷を治めていた王が豊作の祈りを神に捧げた場所です。
この王の子孫が井伊家という説を唱える学者もいます。
古代の巨石の遺跡だから直接は直虎と関係ない場所かと思ってましたが・・・・
ドラマ第一話ではおとわ・亀之丞・鶴丸~子供たちの遊びシーンで出てました。
という事でゆかりの地に昇格(笑)
近くにある渭伊神社の無料駐車場を利用したほうがいいかと。
■渭伊神社
天白磐座遺跡が裏にある古代から祀られてきた地にある神社です。
静岡県浜松市北区引佐町井伊谷1147-2
井伊谷宮にある井伊社よりこちらの神社のほうが昔からあるので直虎も来てたかも?
■蜂前神社
徳政令を出す出さないをドラマで放映する時におそらく出てくるだろうと思われる神社です。
徳政令を出すと混乱が生じる為に直虎は銭商人瀬戸方久(ムロツヨシ演じます)と結託して施行を凍結たが、蜂前神社の神主である祝田禰宜は農民や小野政次を味方にして施行を迫ると思われるからです。
また、井伊直虎「花押」が記された唯一の古文書井伊直虎関口氏経連署状は現在浜松市博物館にて保管されてますが元々はこの神社の宝物です。
蜂前神社(地図)静岡県浜松市北区細江町中川6915
■井平城~小屋山城・伊平城
井伊氏の分家井平氏の居城で武田軍が井伊谷城を攻めに来る時におそらく出てくるであろう城。
その時この城には井伊直成という人物がいたのですが今のところ大河ドラマのキャストに名がありません・・後で追加されるのかな?
今は若干の遺構はあるようですが、携帯の鉄塔が建ってる山城跡になってるそうです。
伊平幼稚園(地図)近くの鉄塔が立ってる山を目指そう~
■福満寺薬師堂
直虎が井伊直平の菩提を弔うために福満寺に鐘を寄進したそうです。が今は鐘消失してるそうです。
福満寺~浜松市北区引佐町川名382-2(地図)は薬師堂しか今はないみたいです。すぐ左隣に伊豆神社の社が建ってます。
■妙雲寺(自耕庵)
妙雲寺(自耕庵)は、直虎の死後、自耕庵へ葬られたと伝わり直虎の院号「妙雲院殿月泉祐圓禅定尼」のご位牌が一般公開されてるそうです。
住所:浜松市北区神宮寺町28-3(地図)
なぜに?ここにご位牌があって龍潭寺にお墓があるのか?不思議~
■井伊直親公の墓
井伊直親(亀之丞)の墓と嘉永4年(1851)、井伊直弼により寄進された灯籠。
浜松市北区細江町中川(地図)駐車場がないのがネック。
龍潭寺にも直虎の墓の隣に直親の墓もあるので、行くか悩みどころですが、こっちの墓のほうが歴史ロマン感はありそうです。
■渓雲寺
直虎の曽祖父・井伊直平を祀る菩提寺です~住所:浜松市北区引佐町川名430(地図)
■井伊直平の墓
渓雲寺で弔われてこの地に眠ります~浜松市北区引佐町川名(地図)
■渋川井伊家墓所
井伊氏一族の居館跡で、北側にある墓石群には、井伊氏(直之・直貞・直秀・直幸・直親
他)の名前が残っているそうです~浜松市北区引佐町渋川(地図)
■井伊家居館跡
今は住宅地にある空き地に説明の看板があるだけの様子:浜松市北区引佐町井伊谷(地図)
車で15分前後で井伊谷周辺の観光スポットに行ける抜群のアクセスでした。
群馬を夕方出発して深夜は新東名高速道路NEOPASA浜松サービスエリア車中泊(笑)→観光→ホテルウエルシーズン浜名湖→観光でした。
このホテルは浜名湖パルパルも併設していてその園内にある浜松市指定ゆかりの地堀江城跡に観覧車があります。
また併設されてるかんざんじロープウェイに乗って山頂に行くと浜名湖の絶景から井伊谷周辺まで見る事もできました。
直虎ゆかりの地に日帰り観光の人はこのホテルウエルシーズン浜名湖に併設されてる静岡県下最大級の日帰り温泉施設華咲の湯で温泉を楽しむ事もできます。
井伊直虎(次郎法師)が守った井伊直政が仕える事となった家康の居城。
ただ今の城は江戸時代の完成系を復元した姿。
浜松城のページで詳しく。
昔の面影や遺構は一切ありませんが、家康が初めて浜松城に入城した当時の城跡に今は東照宮が建ってます。
浜松元城町東照宮(引間城跡)のページで詳しく。
大河ドラマで阿部サダヲさん演じる徳川家康の金色の甲冑=金溜塗具足=実物の本物は久能山東照宮博物館にありました。
節句用は浜松城に展示がありましたよ。
JR浜松駅より徒歩約3分で浜松市中区旭町37のJR浜松駅前遠州鉄道高架下にできたイベントスペース
開催期間:2017年1月8日(日)~2018年1月31日(水)
開催時間:10時~19時
入館料:無料という太っ腹・私が行った時は開催期間前でしたので行ってませんが、おそらく浜松の観光案内所的な所かと。浜松に来て先に立ち寄ると多分観光地図やゆかりの地の資料や情報が手に入るかと思うので真っ先に行ったほうがいいかも~?浜松出世の館について。
ここは直虎ゆかりの地というより大河ドラマゆかりの地かも?
大河ドラマで菜々緒さん演じる瀬名/築山殿は徳川家康の正室です。
瀬名は殺されてしまうのですが、その墓が浜松市内にあります。
西来院のページで詳しく。
また彼女を切った刀を洗った所もありました。太刀洗の池のページで詳しく。
愛知県岡崎市八柱神社(愛知県岡崎市欠町石ケ崎52地図)には築山殿の首塚もあります。
テーマ展「井伊直虎と湖北の戦国時代」開催中~9時~17時~駐車場あり
2016年12月17日(土曜日)~2017年4月9日(日曜日)
前期:「遠江の国衆井伊氏」2016年12月17日(土曜日)~2017年2月19日(日曜日)
後期:「遠州そう劇と直虎の活躍」2017年2月21日(火曜日)~2017年4月9日(日曜日)
入館料:大人300円・高校生150円・中学生以下無料
定休日:大体毎週月曜日でした。
・井伊直虎「花押」が記された唯一の古文書である井伊直虎関口氏経連署状(蜂前神社文書・市指定文化財)
・新野左馬助瀬戸方久宛・井伊直盛書状(蜂前神社文書・市指定文化財)
・井伊直親木像(龍潭寺所蔵)
・頭陀寺鰐口(市指定文化財)
などの歴史的展示物があるそうです。博物館だから写真撮影禁止と思われるのでしっかり目に焼き付けないと・・・・
浜松市博物館(地図)静岡県浜松市中区蜆塚4丁目22-1
ここは直虎ゆかりの地というより大河ドラマゆかりの地になるかも?です。なるかも~です。
演じるキャストの発表はされていませんが、瀬名・築山殿(菜々緒さん)と家康(阿部サダヲさん)の間にできた嫡男。
家康は信長の命により正室である妻と息子を死なせなければならない事に・・・
お涙頂戴ものの悲劇でドラマにピッタリだし、瀬名がドラマに出てるから多分そのうち~という予想です。
子である松平信康(岡崎三郎信康)が自刃した城です。現地に行くとゆかりの地というのぼりや説明書きがされてます。
ここはどちらかと言うと浜松市街地より井伊谷観光のついでに行ったほうが近いです。
二俣城のページで詳しく。
信康の墓は近くの寺にありました。清龍寺のページで詳しく。
また若宮八幡宮(愛知県岡崎市朝日町森畔12地図)には松平信康(岡崎三郎信康)の首塚があります。
井伊谷周辺のゆかりの地を巡った後に浜松城などの駅周辺の観光は駅前ホテルを利用しました。
駅前には安いとこから沢山のホテルがありますが、浜松で一番高いビルであるオークラアクトシティホテル浜松の何度出入りしても駐車代金無料~チェックアウト翌日13時までを利用しました。夜景も昼景も超絶景でした。
↓浜松市外
愛知県新庄市にある鳳来寺。井伊家再興の為に次郎法師(直虎)が虎松(後の井伊直政)を勉強に行かせた寺です。
直虎ゆかりの地というより大河ドラマゆかりの地かも?
おんな城主直虎で楽しみなのは春風亭昇太さん演じる今川義元。台詞がない怪演は楽しかったですね。
静岡市にある今川義元がいたとされる駿府館は今駿府城になってしまってるけど、今川家菩提寺でもあり、今川家軍師の雪斎和尚がいた寺はあります。
この寺は徳川家康が竹千代と呼ばれていた頃に雪斎から勉強した寺としても有名です。
本物の雪斎像や今川義元座像(レプリカは岡崎城の三河武士のやかた家康館)や竹千代手習い間は臨済時書院で復元されてますが1年に2日しか公開がない・・でも手習いの間の復元は駿府城の東櫓資料館でも復元されてました。
今川義元の軍師である臨済寺和尚雪斎を「おんな城主直虎」のドラマでは佐野史郎さんが演じました。
臨済寺のページで詳しく。
駅前には沢山のホテルがありますが、客室から富士山が見えるのはホテルセンチュリー静岡だけでした。
京都にある井伊美術館には直虎が書いたとされる旗が所蔵されてます。
これは直虎が直政の戦勝祈願の為に作った四神旗と言われるものだそうです。
井伊美術館住所:京都市東山区花見小路四条下ル4丁目小松町564 開館時間は13時~17時で事前予約がいるみたい。
ただ・・この美術館は井伊直虎は男だったという古文書を去年発見してるので、新資料など見ちゃうとドラマの世界観が壊れちゃうかも。
直虎(次郎法師)の許嫁であった雪之丞(井伊直親)が逃亡の末、約12年間身を寄せていたとされるお寺です。
松源寺住所:長野県下伊那郡高森町下市田4389
歴史年表から井伊直虎ゆかりの地を探ってみる
井伊直虎に関しては男だっと、女だったなど諸説あり、また肖像画等もなく、勿論史書も少なくNHK自体はフィクションです~というコメントで大河ドラマが制作されてます。
だから直虎が今後どうなるのか?どういうストーリー展開されて、ドラマ終了後のゆかりの地が「直虎紀行」でどこが紹介されるのか?楽しみですね。
直虎自体の物語は先はあまり見えませんが、ドラマ上出てくる人物にはしっかり史実に基づく歴史があるので、そこからゆかりの地を自分で探すのも楽しいですよ。
井伊直虎出生日不明~1582年没
第1回で描かれていた時代(1544年頃)は史実からだと実はおこわ2~3歳。雪乃丞11歳~13歳だそうです。
ここから井伊家周辺の歴史を見てみましょう。
1547年竹千代(家康)が織田家の人質に
1548年信長が斎藤道三の娘濃姫結婚
1549年今川義元が獣皮を加工する仕事の掟を制定・竹千代(家康)が今川家の人質となる(雪斎禅師の臨済寺と竹千代像がある静岡駅が直虎紀行に出るかな?)
1553年今川義元が今川仮名目録の条文追加・武田信玄が信濃を手中に・第1次川中島の合戦(山梨県の躑躅ヶ崎館や武田神社出るかな?)
1555年井伊直親(雪乃丞)復帰・徳川家康が今川館で元服(元服式は静岡浅間神社だったから出るかな?)・織田信長が清州城を奪還・今川義元の軍師太原雪斎が死去
1556年斎藤道三が死去
1557年徳川家康が今川義元の姪(菜々緒さん演じる瀬名/築山殿)と結婚
1559年信長が尾張を統一
1560年桶狭間の戦いで今川義元と直虎の父である井伊直盛討死(桶狭間古戦場が出そう)・松平元康(徳川家康)が岡崎城を奪回
1561年木下藤吉郎(豊臣秀吉)がおねと結婚・井伊直政出生~ドラマでは寺田心ちゃんが虎松を演じるの楽しみですね。
1562年信長と家康が同盟締結・井伊直親(雪乃丞)が今川氏真の命で殺される
1563年井伊直平(直虎の曽祖父)が今川氏真の命令で犬居城攻め中に急死
1564年三河一向一揆が家康に降伏・井伊家滅亡の危機~井伊家は今川の命で引間城(現浜松城)を攻めて新野親矩や重臣の中野直由らが討死し、家臣も多く失った・龍潭寺住職南渓瑞聞により、直親の子・虎松(井伊直政)は鳳来寺に移された。
1565年家康が三河を統一・次郎法師が還俗し井伊直虎と名を変えて当主となる~おんな城主直虎誕生
1566年今川氏真が浅間神社の門前市を楽市に指定・松平家康が徳川に改姓(徳川発祥の地世良田東照宮出るかな?)・真田信幸出生(真田丸始まり~)・井伊直虎は井伊直平の菩提を弔うために福満寺に鐘を寄進する
1567年今川氏真が甲斐への塩輸送を停止・織田信長が美濃を制圧(岐阜城も出そうっすね)
1568年信長が足利義昭を擁して上洛~15代将軍に・井伊直虎徳政令の発動・小野政次(鶴丸)に井伊谷城を奪われてしまう・井伊谷三人衆(近藤康用・鈴木重時・菅沼忠久)と家康の力で井伊直虎実権を回復
1569年今川氏真が徳川家康軍に包囲され掛川城開城(掛川城が出そう)
1570年姉川の戦い・徳川家康と上杉謙信が同盟締結・小野政次(鶴丸)処刑・家康が浜松城入場(入城した当時の城~曳馬城=引間城跡が出るかな?)
1571年信長が比叡山を焼き討ち・北条氏康死去・北条氏政が信玄と再び同盟
1572年今川氏真が家臣らを解雇・信長と謙信が対武田で同盟締結・井伊谷城が武田信玄に攻め込まれ家臣山県昌景に明け渡す~井平城の井伊直成も仏坂の戦いで敗死後井伊直虎は浜松城に逃げる・三方ヶ原の戦い(浜松にある各古戦場ゆかりの地です)
1573年武田信玄が死去~武田勢井伊谷城撤退したので直虎入城・室町幕府滅亡・小谷城落城
1575年長篠の戦で武田勝頼が大敗(長篠の戦い跡出そうっすね)・井伊直政家康の家臣となる
1576年安土城の築城開始
1578年東海地方で発生した大地震
1579年安土城天守が完成・家康が築山殿殺害と嫡男信康自刃・徳川秀忠出生
1581年家康が高天神城を奪還
1582年井伊直虎死去(享年48歳)~最終回かな?でもこの年は他にも天目山の戦いで武田家滅亡・本能寺の変・山崎の戦い・清州会議とメニュー豊富の年でもありました。本能寺の変が起こり家康の護衛として井伊直政が伊賀越えにて良き働きをして家康から孔雀尾具足陣羽織(与板歴史民俗資料館蔵)をもらいます。この伊賀越えの三か月後に直虎が亡くなったとされてます。
年表から見ていくと大河ドラマゆかりの地が浜松市外でも少し浮かび上がってきますね。
大河ドラマ放映の直虎紀行からゆかりの地を探ってみる
第一話「井伊谷の少女」では、浜名湖・井伊谷・井伊谷城跡・井伊共保公出生の井戸・琵琶湖・彦根城
第二話「崖っぷちの姫」では、井伊直満の墓である井殿の塚・鳳来寺にある右近次郎(山中に逃げる幼少の亀乃丞に矢を放ったとされる敵=大平右近次郎)の墓・東光院地図(亀乃丞と今村藤七郎が逃亡中に立ち寄って身を隠した寺)
第三話「おとわ危機一髪」では駿府城公園と臨済寺の太原雪斎像や袈裟
第四話「女子にこそあれ次郎法師」では龍潭寺
第五話「亀之丞帰る」亀之丞が身を寄せていた長野県の松源寺と武術の稽古を受けていたとされる松岡城址、そして幼い頃に訪れた事があるとされる浜松市の寺野六所神社、井伊谷に帰還した際に青葉の笛を奉納したとされたと伝わってる。
第六話「初恋の別れ道」では今はみかん畑の一画にある井伊直親の妻の実家である奥山氏居館跡=浜松市北区引佐町奥山(地図)と奥山氏が建立して600年以上の歴史がある臨済宗方広寺派の大本山の奥山方広寺=静岡県浜松市北区引佐町奥山1577-1(地図)
第七話「検地がやってきた」では静岡駅前にある竹千代君像(ホテルセンチュリー静岡)と竹千代の屋敷近くにあったとされる竹千代祖母の源応尼の墓があつ華陽院(静岡県静岡市葵区鷹匠2丁目24-18:地図)と予想通り竹千代の元服式が行われたとされる静岡浅間神社(神社所蔵の徳川家康着初の腹巻)が出ました。
第八話「赤ちゃんはまだか」では、今川義元が京の公家を接待するのに使った地である三保松原と清見寺(静岡県静岡市清水区興津清見寺町418-1:地図)と義元が手厚く保護した稚児舞があった建穂寺跡である建穂神社(静岡県静岡市葵区建穂271:地図)稚児舞は毎年4月に静岡浅間神社でも見られる。
第九話「桶狭間に死す」では、桶狭間古戦場公園(愛知県名古屋市緑区桶狭間北3丁目1001:地図)戦の前に今川の家臣が奉納したと伝わる酒桶がある桶狭間神明神社( 愛知県名古屋市緑区桶狭間神明:地図)、龍潭寺にある井伊直盛の墓とその横にある桶狭間で討ち死にした井伊家重臣16人の墓でした。
第十話「走れ竜宮小僧」では、岡崎城と松平家の菩提寺である大樹寺(愛知県岡崎市鴨田町広元5-1:地図)の松平八代墓や登誉上人座像、本堂の厭離穢土欣求浄土の経文などでした。
第十一話「さらば愛しき人よ」では、井伊家家臣である新野左馬介親矩の出身地である御前崎市にある船ヶ谷の城山と新野左馬介親矩を祀った佐馬武神社(静岡県御前崎市新野:地図)と墓と思われる五輪塔が出ました。
第十二話「おんな城主直虎」では、現在の掛川城と今川時代の掛川古城、そして井伊直親の墓が出ました。
第十三話「城主はつらいよ」では、井伊谷三人衆の鈴木重時が育った地である現愛知県新城市の阿寺の七滝、柿本城跡(愛知県新城市下吉田柿本36:地図)、そして城の麓にある鈴木氏の菩提を弔う満光寺(愛知県新城市下吉田田中140:地図)でした。
第十四話「徳政令の行方」では、龍潭寺と所蔵品である「井伊直虎(次郎法師)置文」と蜂前神社のその所蔵品である「井伊直虎関口氏経連署状」が出ました。
第十五話「おんな城主対おんな大名」では寿桂尼にスポットされ少林寺蔵の寿桂尼画像や明治大学博物館蔵の今川仮名目録、湯治場と利用していた駿府近くの由山温泉、そして晩年暮らしていた墓所・菩提寺である龍雲寺(竜雲寺~静岡市葵区沓谷3-10-1地図)が出ました
第十六話「綿毛の案」では綿の神様が祀られている天竹神社(愛知県西尾市天竹町池田:地図)と旧糟谷邸(きゅうかすやてい)という江戸時代に三河木綿の江戸送り総問屋として財を築いた糟谷縫右衛門(かすやぬいえもん)家の屋敷(愛知県西尾市吉良町荻原大道通18-1:地図)が出ましたが、直虎というより木綿の歴史についてでした。
第十七話「消された種子島」では、かつて鍛冶や鋳物業が栄えた静岡県森町が出て遠州住友安という名刀もこの辺りで作られたと言われてるそうで、金属を溶かして武器などを作る鋳物師という職人がいてその鋳物師が暮らしていたとされる西金谷という地に鋳物師の神様が祀られている西金谷八幡宮や周辺の鋳物師を取りまとめていた蓮華寺(静岡県周智郡森町大門2144:地図)が出ました。
第十八話「あるいは裏切りという名の鶴」では直虎家臣である商人の瀬戸方久にスポットが当たり個人所蔵の瀬戸氏系図断片、そこに書かれている名、瀬戸後に名乗った松井方久と松井氏が守っていた二股城跡が出ました。最後の瀬戸方久の墓(多分全得寺要確認:静岡県浜松市北区細江町気賀7700-1地図)が出ました。お墓が出ると大体お寺名も出るのですが、今回出ないのでネットで色々調べました。何故寺が出なかったのだろう?戦国武将のように場所を変えていくつかあるのだろうか?
第十九話「罪と罰」では、武田氏館(躑躅ヶ崎館)跡にある武田神社(山梨県甲府市古府中町2611:地図)と武田信玄の嫡男であった義信が幽閉されていた東光寺(山梨県甲府市東光寺3-7-37:地図)が出ました。
第二十話「第3の女」では、井伊直親が身を寄せていた松岡氏が治めていた地の松岡城址(長野県下伊那郡高森町:地図)と第五話の直虎紀行でも出た松源寺、その寺を創建した松岡貞正の墓碑、その弟である寺の和尚である文叔瑞郁禅師像が出ました。そしてこの和尚を招いて開山した龍門寺(長野県飯田市松尾上溝2675:地図)が出ました。
第二十一話「ぬしの名は」では浜松市の今は観光地となってる気賀関所や大河ドラマ館のある気賀の紹介でそこの代官だった気賀宿中村本陣跡の石碑が出ました。
第二十二話「龍と虎」では材木の話だったので山岳信仰の聖地であり古くから植樹が行われていた「秋葉山本宮 秋葉神社上社(静岡県浜松市天竜区春野町領家841:地図)」が紹介され参道脇の樹齢500年と言われる秋葉杉、防火祭日の舞や武田信玄奉納の刀などが出ました。
第二十三話「盗賊は二度仏を盗む」 では、井伊谷三人衆の1人である近藤康用(役者橋本じゅん)にスポットが当てられ彼の居城であった宇利城跡(愛知県新城市中宇利仁田:地図)、何故か?松平右京亮の墓、近藤氏の菩提寺で創建1300年以上と伝わる冨賀寺(愛知県新城市中宇利字高田46:地図)と近藤氏七代の墓と寺所蔵の今川氏真判物が出ました。
第二十四話「さよならだけが人生か?」では徳川家康の正室菜々緒さん演じる築山殿(瀬名姫)にスポットが当てられ西来院蔵(上記6覧)にある築山殿肖像画と瀬名氏の菩提寺である光鏡院(静岡県静岡市葵区瀬名1丁目38-36:地図)が出て一族の祖、瀬名一秀の供養塔が出ました。また家康に嫁いで移り住んだ岡崎城の城内にあった築山という場所、今は築山稲荷(愛知県岡崎市中町小猿塚:地図)が出ました。
第二十五話「材木を抱いて飛べ」では甲斐の国への塩留めにスポットが当てられ甲斐へ運んでいた起点である見延道起点の道標(静岡県静岡市清水区中町:地図)が出ました。
第二十六話「誰がために城はある」では、大沢氏が築城した現在は浜名湖パルパルの観覧車の所にある堀江城跡(静岡県浜松市西区舘山寺町堀江:地図)と大沢氏の菩提寺である宿蘆寺(静岡県浜松市西区庄内町721:地図)、大沢氏歴代の墓が出ました。
第二十七話「気賀を我が手に」では今は石碑だけが残ってる堀川城跡(静岡県浜松市北区細江町気賀:地図)、近くの刑部城跡(静岡県浜松市北区細江町中川5594:地図)とは昔舟での行き来があった言われてるそうです。また舟隠し場の遺構が残ってる宇津山城跡(静岡県湖西市入出800:地図)が出ました。
第二十八話「死の帳面」では北条氏にスポットが当てられ、小田原城址公園(神奈川県小田原市
城内:地図)、北條早雲公像その四男で生まれたのがドラマに出た北条幻庵で屋敷跡(神奈川県小田原市久野1590:地図)、幻庵が自作したと伝わる尺八の一種である一節切、北条幻庵覚書が出ました。
第二十九話「女たちの挽歌」では寿桂尼が嫁いだ今川氏親、氏親が力をつけた源である日影沢金山跡(静岡市葵区梅ヶ島:地図)、葬儀が行われた増善寺(静岡県静岡市葵区慈悲尾302:地図)の今川氏親公木造や今川家霊廟、そして今川氏真時代に寿桂尼が住んでいた龍雲寺(静岡市葵区沓谷3-10-1:地図)、寿桂尼墓所が出ました。
第三十話:「潰されざる者」では今川氏真が年2回楽市を開いた清水寺(静岡県藤枝市原6-1:地図)と同じく楽市が開かれた富士山本宮浅間大社(静岡県富士宮市宮町1-1:地図)が出ました。*う~ん、ドラマの中では楽市の話はなかったですが、なんか最近ゆかりの地はなんか・・直虎とは薄い内容のが多いなぁと感じてしまいます・・・
第三十一話「虎松の首」では、久しぶりに直虎ゆかりの地と呼べる場所が紹介されました。井伊谷城跡、渭伊神社、天白磐座遺跡、井伊家に年貢を納めていた地域の久留女木の棚田が出ました。
第三十二話「復活の日」では、井伊谷三人衆の1人である 菅沼定盈の居城であった野田城跡(愛知県新城市豊島本城:地図)、徳川家康が今川攻略の為に進軍した三河と遠江の境にある陣座峠を越えた後に寄った奥山方広寺(静岡県浜松市北区引佐町奥山1577-1:地図)と龍潭寺にある菅沼忠久の供養塔が出ました。
第三十三話「嫌われ政次の一生」では、龍潭寺にある小野家代々の墓が映りその中で但馬守の弟である小野玄蕃の墓がズームアップされ、弟の墓はあっても兄の小野但馬守の墓はないとの事。彼が処刑されたのは蟹淵の周辺であっただろうという事で今の蟹淵(がにぶち)の風景とその近くにある地元の人が鎮魂の為に作ったとされる伝 小野但馬守の供養塔(場所JR浜松からバス上町下車すぐ)が映りました。悲しい話でしたが、人気の政次ロス、高橋一生ロスがこれからの視聴率にどう影響するのか?
第三十四話「隠し港の龍雲丸」では、二十七話にも出た堀川城址とそこにある堀川城戦死者の供養塔、戦当時村人たちを先導していた土豪の山本修理墓所、堀川城の北に捕虜となった人たちが後に処刑された場所、獄門畷(ごくもんなわて)という供養塔が出ました。
第三十五話「蘇えりし者たち」では今の掛川城(静岡県掛川市掛川1138-24:地図)と本丸にあった霧吹き井戸と掛川城攻めをしてた家康の本陣だった龍尾神社(静岡県掛川市下西郷84:地図)と青田山砦(陣場峠)が出ました。
第三十六話「井伊家最後の日」では、虎松が身を寄せていた鳳来寺(愛知県新城市門谷字鳳来寺1:地図)が出ました。
第三十七話「武田が来たりて火を放つ」では三方ヶ原古戦場碑(静岡県浜松市北区根洗町北区根洗町国道257号線:地図)、信玄が本陣を置いたとされる二代目根洗松と祝田の坂(根洗バス停地図)、浜松八幡宮(静岡県浜松市中区八幡町2:地図)と家康が三方ヶ原からの敗走時に隠れてとされるご神木の雲立楠が出ました。
第三十八話「井伊を共に去りぬ」では武田信玄の菩提寺である恵林寺( 山梨県甲州市塩山小屋敷2280:地図)が出ました。
第三十九話「虎松の野望」では、直政が仕えた家康の居城であった浜松城とその前身であった引間城跡(元城町東照宮)が出ました。
第四十話「天正の草履番」では、直政が身を寄せていた松下氏の菩提寺である頭陀寺(静岡県浜松市南区頭陀寺町214:地図)と近くの頭陀寺第一公園にある松下氏屋敷跡地の碑と井伊直政が治めていた箕輪城跡(群馬県高崎市箕郷町東明屋:地図)が出ました。う~ん最近は直虎に直接関係ないスポットが多いなってきましたね。
第四十一話「この玄関の片隅で」では、本田正信ゆかりの地になっちゃって加賀本多博物館所蔵(石川県金沢市出羽町3-1:地図)の本多正信肖像画や正信が参加した一向一揆の拠点となった本證寺(愛知県安城市
野寺町野寺26:地図)が出ました。
第四十二話「長篠に立てる柵」では、長篠の戦いでの設楽原決戦場(愛知県新城市
大宮清水1-9:地図)、と周辺にある武田勝頼才ノ神本陣地、山県三郎兵衛昌景之碑、信玄塚(新城市設楽原歴史資料館の南隣:地図)が出ました。
第四十三話「恩賞の彼方に」では、徳川家康が落とし今川氏真が城番として警護を任された諏訪原城とその跡地にある諏訪神社(静岡県島田市金谷:地図)とその頃詠んだと思われる今川氏真和歌(島田市博物館蔵)が出ました。
第四十四話「井伊谷のばら」では、井伊万千代が初陣で武功をたてたとされる武田氏の田中城本丸跡(別名亀城で現在は静岡県藤枝市立西益津小学校:地図)と周辺を刈田をした事が記載されてる松平家忠日記(国立公文書館蔵)が出ました。
「第四十五話「魔王のいけにえ」では,
家康の母であるお代の方にスポットが当てられ家康を生んだ岡崎城と鬼門に建てた大泉寺(愛知県岡崎市中町東丸根38:地図)、松平家と離縁後に嫁いだ久松家の菩提寺である洞雲院(愛知県知多郡阿久比町大字卯坂字英比67:地図)とそこで書いた血書阿弥陀経、そして久松家の居城である坂部城跡(愛知県知多郡阿久比町卯坂栗之木谷32-1:地図)が出ました。
第四十六話「悪女について」では、瀬名姫が斬られたとされる佐鳴湖(静岡県浜松市西区:地図)、そして血を洗い流したとされる太刀洗の池、瀬名ゆかりの仏像である腹籠り地蔵がある地蔵院(静岡県浜松市南区高塚町4516:地図)、瀬名の子である信康が自刃しその菩提を弔う為に家康が建立した清龍寺がでました。
第四十七話「決戦は高天神」では、武田氏と徳川氏の攻防が繰り広げられた高天神城跡(静岡県掛川市上土方・下土方:地図)とそこを囲むように徳川軍が陣を張った中村砦、三井山砦、火ヶ峰砦、また城跡近くにある武田軍の戦死者を弔う千人塚がでました。
第四十八話「信長、浜松に来たいって」では、武田氏を滅ぼしたあと帰郷する織田信長の仮宿所があった富士山本宮浅間神社(静岡県富士宮市宮町1-1:地図)と境内にある信長が腰かけたとされる富士見石、天竜川、そして浜松城がでました。
第四十九話「本能寺が変」では、家康の伊賀越え途中に立ち寄ったとされる小川城跡(滋賀県甲賀市信楽町小川:地図)、お茶を出してもてなしたとされる徳永寺(三重県伊賀市柘植町2318:地図)がでました。
第五十話「石を継ぐ者」では、彦根城(滋賀県彦根市金亀町1-1:地図)と井伊直政像、彦根にある龍潭寺(滋賀県彦根市古沢町1104:地図)と開山した昇天禅師木像、昇天作と伝わる枯山水、井伊直弼像、そして井伊谷の龍潭寺にある井伊家歴代墓所がでて井伊直虎の供養塔が出て終わりました。
井伊直虎ゆかりの地マップ・井伊直虎観光地図
拡大!オークラアクトシティホテル浜松宿泊客向けのタクシーでめぐる女城主井伊直虎観光のパンフレットです。
タクシーでめぐる女城主井伊直虎観光のゆかりの地マップです。
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「直虎の里」ウォークマップ表紙
(拡大)女城主井伊直虎ゆかりの地パンフレット
(拡大)主役は井伊直虎だけど徳川家康の存在も大きい
(拡大)井の国マップ
(拡大)浜松だから徳川家康観光もできちゃいます。
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