金鑚神社

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金鑚神社に行って御朱印授かった

武蔵国二宮金鑚神社に行ったよ

正直な話、国道462号線を神流湖方面に走ってる時に道路沿いに歴史がありそうな佇まいの神社がありそうな大きな鳥居を発見しました。

武蔵国二宮金鑚神社大鳥居

近くの看板があったので見てみると武蔵二之宮金鑚神社と書いてあった。雑学で武蔵国は一之宮や二之宮が複数ある事は知っていたが鳥居から続く参道を見ても寺社仏閣好きな私は「この神社は雰囲気良さそう」という予感がして鳥居の中を走って駐車場を目指しました。




目次

金鑚神社とは

御神祭、ご利益

【2019年】祭事など

境内の様子と感想や口コミ

御朱印

アクセス、駐車場




金鑚神社とは

御朱印を授かった時に頂いたリーフ

御朱印を授かった時に頂いたリーフに『金鑚神社は西暦100年頃、日本武尊(ヤマトタケル)が関東にみえた際に見につけていた火をつける道具を神体山である御室ケ嶽(ミムロガダケ)に収めたことを始まりとする。

本殿という建造物を備えずに、山そのものを神体山とする原始信仰の続く古社』

西暦100年頃というと弥生時代と思われるのでめちゃくちゃ歴史ある神社ですね~。

『本殿がない神社は、長野県の諏訪神社・奈良県の大神神社と埼玉県の金鑚神社の3社のみである』

金鑚神社に来る約1ヵ月前に初めて諏訪大社に行ってきましたが、諏訪大社は諏訪大社下社春宮と諏訪大社下社秋宮、諏訪大社上社前宮、諏訪大社上社本宮と4ヶ所ある神社の総称となってて、前宮以外の3社は本殿がなかったです。

『中世には、武蔵七党の児玉党の氏神として信仰され、九郷用水・女堀川の水神様【水もとの神】』とされた。九郷流(クゴウナガレ)と称する地域には十一社の金鑚神社が祀られている。その流域は、神川町二ノ宮から本庄市栗崎まで続いている』

武蔵七党とは平安時代から室町時代にかけて武蔵国及び周辺国まで勢力を伸ばしていた同族武士団でその中1つが児玉党みたい。金鑚神社をグーグル地図で見ると本庄市にもあったから、これを読んで11社の中の1つと理解しました。

『往古早魃の折に金鑚神社の金目池(キンメイケ)から金色の龍が飛び立ち、郡内をはいまわり、本庄市北堀の東福寺(ノメリアガリノ薬師)』から天に駆け上ったと伝えられる。その龍のはいまわった場所を採掘したのが九郷用水といわれる。』

往古早魃とは大昔干ばつという意味らしい。

『近世には、九郷流の水田から稲穂が奉納され式年遷宮が行われていた。明治維新後に郷社県社となり、明治18年に官幣中社となった。

武蔵二ノ宮とは、、武蔵国(現在の埼玉県・東京都・神奈川県の一部)の2番目の神社という意味で、一ノ宮氷川神社に次ぐ呼称である。

境内約2万坪で、国重要文化財「多宝塔」、国特別天然記念物「鏡岩」が散在し、約一時間のハイキング道「御嶽山」には、ながめの良い展望台がある。

春には桜、夏にはシャガ、秋には紅葉などが境内を彩る。源義家の戦勝祈願伝説や弁慶穴伝説などがある。』

ここでは一ノ宮は氷川神社となってますが、歴史やその他観点から小野神社も一ノ宮神社と2つ名乗ってるのが武蔵国。珍しいですよね~。



御神祭、ご利益

金鑚神社は二柱で天照大神(あまてらすおおみかみ)と素戔嗚尊(すさのおのみこと)、配祀は日本武尊(やまとたけるのみこと)と有名な神様が揃ってました。

ご利益は厄除け、方位除け、家内安全、交通安全など。


【2019年】祭事など

1月1日初詣

1月3日福迎祭

1月15日筒粥神事

4月15日例祭

5月辰日水口祭

10月19日元森神社例祭(秋尽祭)

11月23日火金鑚祭


境内の様子と感想や口コミ

多宝塔

駐車場を降りてすぐ目の前にある古そうで歴史感ある建物が国の重要文化財である「多宝塔」、11月中旬の紅葉時期に行きましたが、周りにあるイロハモミジの木が少し赤く色づいてる感じで紅葉のピークはもう少し先って感じでした。紅葉の中の多宝塔は見応えありそうです。

そこの説明書きには『金鑚神社の境内にあるこの多宝塔は、三間四面のこけら葺き、宝塔(円筒形の塔身)に腰屋根がつけられた二重の塔婆である。天文三年(一五三四)に阿保郷丹荘の豪族である阿保弾正全隆が寄進したもので、真柱に「天文三甲午八月晦日、大檀那安保弾正全隆」の墨書銘がある。』

1534年は足利義晴将軍の室町時代。これではピンと決ませんが、あの織田信長が生まれた歳のようです。

『この塔は、建立年代の明確な本県有数の古建築であるとともに、阿保氏に係わる遺構であることも注目される。塔婆建築の少ない埼玉県としては貴重な建造物であり、国指定の重要文化財となっている。』

阿保氏は地元武士なの?とわからなかった調べたら、祖は皇子を祖とする古くから由緒ある氏族でした。

義家橋と鳥居

社務所の横を通りすぎて奥に進むと!やはり予想通り神の世界を感じるような自然の中に佇む雰囲気の良い境内でした。

奥州前九年の役追討出陣のとき源頼義・義家がこの地に戦勝祈願し橋を架けたとされる義家橋はこの赤い橋。

鳥居と奥の神楽殿

大きな高い木に囲まれててパワースポッットという感じが伝わってきました。

手水舎と神楽殿

鳥居をくぐると左手に手水舎、奥に神楽殿。

手水舎の龍

手水舎では龍の口から水が出てましたが、水分(みくまり)の神としての金龍伝説をもつそうです。

拝殿

手水舎の相向かい側に拝殿がありました。歴史を感じる立派な社、早速お参り。

拝殿の前

お参りいてて向こう側が見える。本殿がない神社だけど後ろに見えるの本殿じゃないの?

中門

後ろに回ると・・・アレ?これまた歴史を感じる建物。

中門

この時は本殿のない神社で・・・本殿じゃないの?と思ってましたが、この建物は「中門」なんだそうです。なるへそ後ろに控えてるのが神の山って事かな?

神饌所と倉

中門の右手に神饌所と倉

旗かけ銀杏

この拝殿や神饌所と倉のすぐ近くに樹齢550年と云われる旗かけ銀杏という巨木がありました。

神楽殿

神楽殿

紅葉していた倉の周りの銀杏

神楽殿の奥にあった倉の周りの銀杏の木は綺麗に黄色になっていて地面は一面黄色い絨毯となってました。

末社

末社は目立たなかったですが、熱田神社 氷川神社 伊弉諾神社 五柱神社 火産霊雷神社 大山清水神社 宮比神社 住吉神社
稲荷神社 薬師神社 諏訪神社 松尾神社 白山神社 八幡神社 菅原神社 二柱神社などなど多数祀られてるそうで・・後で知ってビックリ!

隣にはきんめい池があったみたいですが・・水が・・・

俳句の碑が並ぶ道

さらに奥に進むと俳句の碑が並ぶ道となってました。

ヤマトタケルの石像と分かれ道

さらに進むと階段の道とそうでない道の分かれ道があり、そこにヤマトタケルの石像がありました。

左の道へ進むと鎌倉時代の寺跡(法楽寺跡)、菖蒲が群生する湿地を通り、城址がある御嶽山(標高343m)への登山道へ。その登山道には百体の石仏群や奥宮、展望が素晴らしい岩峰があるそうです。右側の階段も山へ続く登山道でこれを登れば9000年前の岩断層で国の特別天然記念物である鏡石、弁慶穴、奥宮、頂上と。二つの道は山上で繋がっていてグルリ一周できるそうです。

拝殿の方からこの分かれ道まで来て引き返しましたが、この道の雰囲気がかなり神々しく感じて、まるで熊野古道のような雰囲気でもありました。

御嶽橋

境内の横は川が流れてるようで御嶽橋で少し渡ってみる事に。

石垣と石畳の道

この時水が全くなく川となってませんでしたが、反対側は石垣や石畳の道もあったりと、雰囲気はこちらも神々しく、ジブリの世界のような感じでもありました。

義家橋と鳥居

そして義家橋に戻ってきました。この写真でも参道にコケが多くあるのがわかると思いますが、奥の神楽殿や蔵、拝殿の周り、奥の山路の方までコケが多かったから、ここまでコケが多い神社は久しぶりかも。巨木、うっそうとした森、コケ、葉っぱや枝の間から漏れてくる日光の光、神域と感じてしまうほどの素晴らしい神社でした。


御朱印

義家橋の目の前にある社務所

義家橋の目の前が社務所でした。

社務所の様子

交通安全、厄除開運、身体健康、合格祈願、職場安全、商売繁昌などの祈願の受付や色々なお守りもありました。

オリジナル御朱印帳

御朱印は600円、オリジナルの御朱印帳も一種類置いてました。

金鑚神社御朱印

御朱印ありがとうございました。


アクセス、駐車場



金鑚神社:住所:埼玉県児玉郡神川町二ノ宮750 電話:0495-77-4537

金鑚神社へのアクセスは関越自動車道本庄児玉インターから約10.6キロ車で約18分。

私の場合桐生市街地から→伊勢崎→本庄→児玉→金鑚神社と下道だけで約50.9キロ車で約65分でした。

金鑚神社参道

国道462号線沿いにある大鳥居をくぐって灯篭の間の参道を奥に進みます。

金鑚神社駐車場

しばらjくすると公衆トイレも完備されてる駐車場がありました。


 

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