滝尾神社

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滝尾神社(日光二荒山神社別宮瀧尾神社)に行った(見どころ/御朱印)


滝尾神社(日光二荒山神社別宮)に行った*御朱印


ここの滝尾神社とは世界遺産地区にある日光二荒山神社の山奥にある社殿の事で、日光二荒山神社別宮滝尾神社の事であり「たきのをじんじゃ」と読みます。

西暦820年弘法大師が創建したと伝わる神社で現在の建物は江戸初期のものである。本社である日光二荒山神社の別宮で本宮神社とともに日光三社権現の1つとなっている。女峰山を御神山と仰ぎ、田心姫命を祀っている。また滝尾神社とも瀧尾神社とも書かれてます。境内の石柱や御朱印は瀧尾神社、道中の説明書きなどは滝尾神社。

日光で滝尾神社(瀧尾神社)と検索すると今市本宮瀧尾神社(今市総鎮守瀧尾神社)の方が有名ですが、こっちは里宮、日光二荒山神社別宮滝尾神社は奥宮という話も聞いたりします。しかし個人的には女峰山山頂(2483m)に奥宮が実在するため、男体山を御神山とする日光二荒山神社のように、登山口にある中間的神社である中宮祠的な社殿のような気もします。


滝尾神社


住所:栃木県日光市山内
拝観料:無料
拝観時間:決まってない
駐車場:近隣利用




目次

行くまでの道中と境内の見どころ

所要時間と感想や口コミ

アクセスや駐車場の場所

御朱印と御朱印の場所


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行くまでの道中と境内の見どころ

日光二荒山神社の大鳥居前

滝尾神社は大猷院と日光二荒山神社に挟まれた部分にある小道を歩いて山奥に行きます。私自身何度も日光世界遺産地区に行きますが、輪王寺日光東照宮大猷院がメインとなってしまう為、行けばあるのは知ってましたが・・・なかなか時間的にも行けず、今回は滝尾神社をメインとして初めて行ってきました。

滝尾神社入口の参道

滝尾神社に向かうと白糸の滝も見る事ができます。日光二荒山神社の脇から山奥、上り坂を歩いて約25分。

二荒山神社脇にあった参道

滝尾神社までの参道は日光二荒山神社の有料拝観エリアの脇にありました。

良い縁の杉

塀をまたいで「良い縁の杉」杉の根元には杉・檜・榊・櫁が。幹と枝には楢の五種類の木が寄生したパワー溢れる珍しい木だそうです。良い縁の聖地にふさわしい神木です。どうぞ良い縁のパワーをお受けくださいとありました。

空烟地蔵

「良い縁の杉」から歩いてすぐ、今度は「空烟地蔵(くうえんじぞう)」勝道上人が、男体山に登ろうとして道を探していた時、地蔵尊が現れて導いたといわれる場所。その八百年後、延宝年館(一六七五年頃)家光の忠臣、老中阿部豊後守忠秋の墓を家光の霊廟の一角に造った際、上人の伝えを聞いた阿部家が、石像と常夜灯を造立した。忠秋の墓は、この地蔵と背中合わせの大猷院内にあるが、忠秋が空烟と号したので、空烟地蔵と呼ばれるそうです。

石段の参道

おっと苦手な石段が始まった・・・

石畳の参道

石段を上がって石畳となるが上り坂が続く・・・向こうから来る人も私の後から来る人もほとんどいなく、二荒山神社の大鳥居前の人混みとまったく別の世界の道。

山間にあった穴

何だろうこの穴?獣が突然出てきてもおかしくないような木々に囲まれてる大自然100%の中にいます。

首が石に変わってたお地蔵さん

お地蔵さん発見!おや顔部分が石に付け替えられてる・・多分廃仏毀釈で首を切られて後で顔の変わりとして石を置いたみたい・・・

行者堂

輪王寺管轄の「行者堂」発見!修行者の修行場として建てられた切妻造りの簡素な建物です。創建は平安時代、山岳信仰の盛んな頃と推定されますが、現在の建物は輪王寺明細帳には天正3年(1575)、桜本坊宗安の再興と伝えており、その後、幾度か修理を経て今日に至ってます。正面の一間は土間で、二間目から一段高くなっており、奥の一間に檀を設け、修行道の開祖である「役小角」を中心に、両側に侍鬼二体(前鬼・後鬼)がまつられてるそうです。1575年は長篠の戦いがあった年、古いですね。

道案内標識

滝尾神社はまだか~!だんだん周りが寂しくなってきた・・・・スレ違う人もいないし・・・・

大小べんきんぜいの碑

「大小べんきんぜいの碑」古くは、このあたりは栃御門(桜門)、下乗石、木の鳥居などがあり、これから先は滝尾神社の聖域に入るので、大小便を禁じる碑が立てられた。庶民にも読めるようにと、「大小便禁制」のうち大小のほかは、「平仮名」で書かれているのが珍しいとありました。

歩きにくかった石畳

石畳ですが、石が平ではないからそんなに歩きやすい石畳ではなかったですが、「大小べんきんぜいの碑」の説明を読むともうすぐ滝尾神社のようだからホっ。

白糸の滝入口

白糸の滝が見えてきました。

白糸の滝

アレ?想像してた流れの滝の姿と違った・・今まで別場所で見た白糸の滝とは違う・・・白糸?

近くの説明書きには『天狗沢にかかる名瀑、高さ約十メートル、弘法大師修行の場と伝えられる。文明十八年(一四八六)京都聖護院の道興准后が日光を訪れ、その時の紀行文「廻国雑記」に左の和歌が詠まれている。世々を経て 結ぶ契りの 末なれや この滝壺の たきの白糸』

なるへそ、滝の流れが白糸に見えるのではなく、滝壺の水の流れなのか~。

さて滝の流れる川を渡って奥へ・・・まだかな?滝尾神社・・・

滝尾神社説明書き

説明書き発見!ほぼ着いたみたい・・・・ふ~疲れた・・・

境内図

説明書きにあった境内図確認。着いたけど本殿まではまだ距離がありますね。

滝尾神社石段の様子

最後の石段かな?もうちょっとだ!頑張ろう。木漏れ日が差して神々しい世界の雰囲気。二荒山神社大鳥居前の人混みはどこへ?というほど水や滝の音と鳥の鳴き声が聞こえるまったく別世界でした。

別所跡

別所跡『東照宮の還座以前、日光参拝の中心はこの滝尾周辺であった。日光責めで有名な輪王寺の「強飯式」(山伏が、大盛りの飯を残さず食べろと責める儀式)も、ここが発祥地である。明治になって別所は廃絶。永正六年(一五〇九)日光に北連歌師、宗長の紀行文「東路のつと」には、「ここより谷々を見おろせば、院々僧坊およそ五百坊にも余りぬらん。」とあり、盛時の様子が偲ばれる。』と書かれてました。

影向石

影向石(ようごうせき)影向とは、神仏が仮の姿をとって、この世に現れること。弘法大師(空海)が弘仁十一年(八二〇)この地に来て、奥の大岩のあたりで神霊の降下を祈願したところ、美しい女神が現れた伝えられている。

運試しの鳥居

重要文化財世界文化遺産 運試しの鳥居『この鳥居は一般的な鳥居とは違い、上部中央に丸い穴が設けられている点が特徴で、この穴に小石を3つン下いれ、1つでも入ると願いが叶うとされている。日光東照宮の再建立を命じ、輪王寺大猷院に祀られた徳川幕府三代将軍・家光(1604-1651)の家臣、梶定良(1612-1698)が元禄二(1689)年に奉納したもの。梶定良は家光の死後、大猷院内で家光廟堂を守った忠臣であり、その墓所は田母沢の釈迦堂にある。』と書かれてました。

鳥居中央の穴

難しそう・・・・高さもあるから・・・・

楼門

立派な楼門は重要文化財『重層入母屋造総漆塗り元禄十年(江戸時代一六九七年)に移転新築された。それ以前は正面参道石段を登った付近にありおなじくらいの門であった』とありました。

楼門

江戸建築の重厚な建物である』明治四年の神仏分離までは楼門に弘法大師の筆といわれる「女体中宮」の額が掲げられ、仁王像が安置されていたそうです。門の中見えるのが拝殿。

拝殿

楼門と拝殿(重要文化財)の距離が短か・・・・門をくぐったらすぐ目の前にどーんと立派な社殿が。

拝殿の中

目的地到着のお参り

唐門と本殿

重要文化財の唐門と本殿。滝尾神社は日光二荒山神社の別宮、本宮、新宮(現在の二荒山神社)とともに日光三社権現の一つである。女峰山の女神、田心姫命を祀る。四月の弥生祭の時には、二荒山神社から滝尾の神輿が渡御するそうです。本殿は三間社流れ造り唐門は二脚平唐門、総漆塗り、極彩色、この建物は正徳三年(一七一三年)に建て替えられたもので、周りの玉垣石畳もその時設けられた。

本殿裏側

ご神体山の女峰山を遥かに拝むように本殿の裏壁には扉が付けられた造りになっていて全国でもたいへん珍しいそうです。

縁結びの笹

縁結びの笹

無念橋(俗称:願い橋)

ちっちゃい太鼓橋の所が重要文化財「無念橋(俗称:願い橋)」『三本杉を通してご神体山の女峰山を遥拝するため、自分の身を清め俗界と縁を切ることを意味する橋であったがいつの頃からか己の歳の歩数で渡ると女峰山頂上奥宮まで健脚で登った事となり願いがかなえられると言われるようになり願い橋と呼ばれる。江戸時代までここは日光修験の中心地であったところから修験者(山伏)達の足腰のたんれんのための修行が原因でこうした伝承が生まれたのであろう』と書かれてました。ちっちゃい橋だから中年親父の私はちょこまかちょこまかと渡りました。

三本杉

三本杉(神木)、弘法大師が、この山で修行をした時に田心姫命が現れた場所と伝えられる。初代の杉は一六九九、一七四七、一七四九年と相次いで倒れ、現在の木は二代目である。取れた親木は、そのままにしておく習わしで、今も横たわっている。この神木の霊験を示す話があり、寛文七年(一六六七)鶏頭院山舜の下僕が、この神木を小さいと馬鹿にして、神罰を被ったという。

滝尾三本杉

直ぐ近くにまたまた御神木「滝尾三本杉」古代より滝尾境内の最も神聖な処である。以前の三本杉は右側が元禄十二年八月十五日(一六九九年)中央が延亨四年は違う二十七日(一七四七年)にいづれも静かな夜半突然に倒れたと古書に記されている。左側は寛延三年六月十二年(一七四九年)夜半雨の中倒れたもので手をつけづ今もそのままである。その時改めて石玉造を設け現在に至る。したがって今の御神木は二五〇~三〇〇年の樹齢であると書かれてました。

滝尾稲荷神社

滝尾稲荷神社『弘仁十一年(八二〇)弘法大師が滝尾神社とともに稲荷神社も創建。祭神は倉稲魂神(稲荷大明神)。昭和四十一年九月に台風で流出したため、昭和四十三年に巴会により再建されt。三月二十五日が例祭。五月二十五日の講社大祭には、多くの信者が集まる。昔、滝尾上人が朝のお供えを忘れると、稲荷の神が化けて出ては、催促したという伝説が残っている』と書かれてました。

酒の泉

酒の泉『本宮の清水(昭和二十四年の今市地震で焼失)、薬師の霊水とともに日光の三霊水の一つ、弘法大師が、この泉の水を汲んで神にささげたといわている。この御供水には、酒の味があるといわれ、持ち帰って元水として酒を造ると、良酒ができるという。醸造家たちで酒泉講が結成され、秋には祈醸祭、春には報醸祭が行われる。現在は、酉神苑の「二荒霊泉」で行われる。』と書かれてました。

子種石

酒の泉の向こう側、おそらく鳥居の先に「子種石」疲れちゃったから行かなかったけど、若い夫婦と思われるカップルが手を合わせてたから。安産に霊験がある石が置いてあるそうです。

他にも瀧尾光徳神社という社殿があり・・・・・・行き忘れた・・・・次回の楽しみにしとこっと。



所要時間と感想や口コミ

普通に行けば片道約25分、私自身帰りは下り坂だから25分もかからなかったですが、行きは上り、写真撮ったり説明書きみたり、境内の見どころ回ったりし往復の所要時間は約90分でした。

これから行く人には歩きやすい靴(石畳が平じゃないから)、そして道中はトイレや自販機もないからペットボトルも持参した方がいいかな。拝観料は無料、参拝時間は書いてなかったですが、とにかく大自然の寂しい場所、行き交う人も少なかったから、とくに朝と夕方は熊除けなどの鈴やラジオがあったほうが心強いかもです。

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アクセスや駐車場の場所



滝尾神社自体に駐車場はなく日光二荒山神社から歩いて行くので二荒山神社へまずはアクセス:日光宇都宮道路日光インターから約2.8キロ、渋滞なければ車で約5分前後の道のり。土日は特に大渋滞・・・・

鬼怒川温泉から約20.9キロ、渋滞なければ車で約30分の道のり。

中禅寺立木観音から約18.5キロ、渋滞なければ車で約23分の道のり。

日光湯元温泉温泉寺から約30.5キロ渋滞なければ車で約40分の道のり。

東武日光駅からなら約2キロ、若干坂道の上りだから徒歩約20分~30分、世界遺産めぐりバス(乗車代500円)もあります。

私の地元桐生市からは高速道路を使わず国道122号線走って約62キロ、車で約100分でした。

世界遺産日光の社寺の駐車場マップ

世界遺産日光の社寺の駐車場マップです。土日祝日などは車が多くおそらく渋滞してるので駐車場を選んでる余裕はないと思います。二荒山神社以外にも行くハズだから空いてたらどこでも停めるスタンスが良いかと思います。私のように駅前通りを通らず、中禅寺湖や足尾方面から行く場合、世界遺産日光の社寺全体に行く場合でも駐車場の穴場が実は二荒山神社駐車場になってます。

二荒山神社駐車場

滝尾神社に行くなら境内隣にある二荒山神社駐車場が一番近く、案内看板も少ないからメジャーな存在でなく、西参道(駐車マップ確認)を走ればすぐ着きます。1日バス1000円、普通車500円、二輪車300円でした。


御朱印と御朱印所の場所

二荒山神社御朱印所

滝尾神社の御朱印所は日光二荒山神社の御朱印所

滝尾神社御朱印

滝尾神社(瀧尾神社)御朱印500円、記帳ではなく書置きの紙タイプを授与。

滝尾稲荷神社御朱印

滝尾稲荷神社(瀧尾稲荷神社)御朱印500円、記帳ではなく書置きの紙タイプを授与。*この神社は上で書いてる神社ではありません

瀧尾光徳神社御朱印

瀧尾光徳神社御朱印500円、記帳ではなく書置きの紙タイプを授与。*この神社は上で書いてる神社ではありません


 

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