日光東照宮

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日光東照宮御朱印巡り観光した

【2019年】日光東照宮で御朱印巡り観光した

日光東照宮の拝観料は大人1,300円、小中学生450円で中に入ると御朱印所は3ヶ所ありました。しかしそのうち1ヶ所は輪王寺のお堂が境内の中にあるので、日光東照宮としての御朱印自体は2ヶ所ですが、3ヶ所全て巡るとそれぞれ違う御朱印を集めながら実は日光東照宮の奥宮まで観光巡りもする事ができました。

思えば小学生の時に修学旅行で初めて行ったのが日光東照宮。それから、ん十年の歳月の間に何度も来ましたが、御朱印巡りをしながらじっくりと日光東照宮観光して見どころを回ったのは今回が初めてです。
今まで春の新緑、夏の青々とした緑の中の社殿も素敵に見える季節にも行った事がありましたが、紅葉シーズンの日光もまた良いんです。

日光東照宮鳥居前

世界遺産日光の社寺周辺の紅葉の見頃は例年なら10月下旬から11月中旬になります。私は何度も色々な季節に日光東照宮に行ってて、常に年間を通して混んでる所ですが、その中でも紅葉シーズン中は平日でも混雑。一番は例祭の日でも毎年5月17日の春季例大祭・神事流鏑馬と毎年5月18日の渡御祭「百物揃千人武者行列」と毎年10月16日神事流鏑馬と毎年10月17日秋季祭・渡御祭「百物揃千人武者行列」は大混雑。また日光東照宮初詣は栃木県で1番の人気。めちゃくちゃ混んでました・・・・

2019年遅めの初詣の時の日光東照宮

1月初旬の初詣は人だらけの日光東照宮でしたが、2019年は時期をずらして遅めの初詣に行ったら、ビックリするほど人が少なかった・・・・・




目次

日光東照宮とは

拝観料、御朱印所の場所と総額

御朱印巡りの様子と観光の見どころ

所要時間と感想や口コミ

【2018】神事、例祭など

アクセス、駐車場、境内図





日光東照宮とは

今さら書かなくてもすでに誰でも知ってると思いますが、徳川家康を神格化し東照大権現として祀ってる神社ですよね。

私が小学生だった修学旅行の時に先生から三代将軍徳川家光が作ったと教わったのでずっとそう思ってましたが、調べてみたら今の豪華絢爛の社殿に仕上げたのが徳川家光でそれ以前に二代将軍徳川秀忠の時代にもすでに元となる社殿はあったそうです。

日光東照宮とはという歴史的な詳しい事は公式サイトでもウィキペディアでも詳しく書いてあるからそちらを参照してもらうとして、このページでは別視点で日光東照宮を書いてみようと思います。

まず東照宮は今現在全国で130社ぐらいあるらしく、昔はもっともっとあったそうですが・・・その中で本宮とされるのが日光東照宮なんだそうです。当然だろ~世界遺産だし、こんなに豪勢なんだからという話になりますが、日光東照宮より実はちょっとだけ久能山東照宮(東照社)の方が歴史が古く、創祀は久能山東照宮なんです。そして二大東照宮の日光東照宮と久能山東照宮両方に行ってみて、外観や内装以外に決定的な違いがありました。それは日光東照宮は家康公のみを神として祀ってるのに対し、久能山東照宮は家康公を筆頭に豊臣秀吉公と織田信長公まで祀ってたという事です。

日光東照宮にある徳川家康公の墓久能山東照宮にある徳川家康公の墓

お墓の話に移りますが、本光国師日記によると徳川家康公の御遺言は「遺体は駿河国の久能山に葬り、江戸の増上寺で葬儀を行い、三河国の大樹寺に位牌を納め、一周忌が過ぎて後、下野の日光山に小堂を建てて勧請せよ、関八州の鎮守になろう」なんだそうです。

上左の写真は日光東照宮の奥宮にある徳川家康公のお墓です。上右側の写真は久能山東照宮にあるお墓で古いお墓を徳川家光公が石造りの塔に変えたんだそうです。久能山から日光へ改葬したと歴史的にはなってますが、久能山東照宮にはお墓がそのまま残ってます。いやいや移した形にして実は久能山東照宮のままではないか。分骨、移したんだろう?など今でも色々考えられるミステリー。どちらも本物のお墓である事には変わりありませんが・・・個人的には家康公が晩年暮らした駿府城の近くであるという事と御遺言のままに久能山に眠ったままでないかと思ってるのですが・・・・?→駿府城に行った久能山東照宮に行った

旧日光東照宮の社殿(現世良田東照宮)

徳川家康公の御遺言の中で「下野の日光山に小堂を建てて勧請せよ」と、小堂とあります。その遺言通りに2代将軍徳川秀忠が建てた社殿は、徳川姓発祥の地(元々は松平姓)の群馬県太田市の世良田に移築して世良田東照宮(上写真)となってます。今現在の豪華絢爛さとは違って正直地味。でも秀忠は家康公の遺言の「小堂」を建てよをそのまま実行に移したのでしょうね。

では何故?3代将軍家光は、家康公の遺言通りでなく豪華に派手派手にしたのか?謎ですが個人的にはお金が沢山あった、徳川の権威を世間に見せたかった、そしてお堂で祀るではなく神様として祀りたかったのかな?と。

鳥居から見た参道の様子

明治以降日光の社寺は誰でも自由に参拝できましたが、江戸時代は「堂者引き」という今で言う案内ガイドさんが一緒にいないと境内に入れなかったそうです。堂は社寺仏閣のお堂の堂、お堂を参拝する「者」と書いて「堂者」と呼ぶ。「者」を引率して歩くガイドさんが堂者引きで日光を参拝する方たちの参拝の手続きから案内までを一手に引き受けてた職業であり、今現代でも伝統を引き継ぎ「堂者引き」をされてる方々もいるから、その方と一緒に巡ったほうがら日光東照宮の事が一番わかる観光方法なのかも知れませんね。

さて、今は東照宮が日本全国アチコチにありますが、規模の大きい東照宮は日光東照宮、次が久能山東照宮、次が世良田東照宮か岡崎東照宮だと云われてるそうですが、日光東照宮には、他の東照宮では見られない仕掛けや演出もされてるそうです。

上の写真は鳥居前から輪王寺黒門方向への参道を見た様子です。殆どの方は輪王寺方向側からこの参道を通って日光東照宮に行くと思いますが、そんなに距離はないですよね。歩いて鳥居前を振り返るとずいぶん歩いて来たな~と思います。または参拝が終わって帰る時に、こんなに歩いてお参りに来たんだ~という有難い気持ちにさせてしまうトリックがあったんです。輪王寺側の入口の道幅は12.9mで鳥居側は19.7mだから鳥居側から見ると道が狭まる為に視覚的に先が遠く見えるように作られてるそうです。

鳥居と表門

日光東照宮に入る場合、石鳥居をくぐりますが、この石鳥居は江戸時代最大級の大きさだったそうです。江戸時代の庶民は当時「お~デカイ」と感動した事でしょうね。またこの石鳥居をくぐる前の石段、ここも先ほどの参道と同じく入口側と石段上り終わった後では幅が1m狭くなってる演出がされてます。石段前に建つと江戸時代の人は石鳥居まで距離感があってしかも大きいから「ありがたや~」となったんじゃないかなぁ?

上の鳥居の写真は石段の真ん中から日光東照宮側をまっすぐ撮ってますが、奥に見える表門が左にズレて写ってる気がしませんか?普通の神社なら鳥居の向こう側にある建物は均等に配置されてる写真が撮れるハズなんですが・・・・・?

表門は一般的な神社同様に南側を向いているから向きは正しいんだそうです。でも実は歩いて来た参道とこの鳥居だけは南から東へ6度の角度で曲がってて、江戸の方向を向けてワザと作ってるそうなんです。それはこの日光東照宮が江戸の方向から見ると鬼門の位置にあって、神となった徳川家康公が鬼が入らぬように江戸を守ってくれるようにワザと角度をつけてあるそうです。

最後にこの石鳥居は重要文化財に指定されてて1618年に黒田長政公が奉納したというのが鳥居を見ると彫られてるからわかります。

石鳥居に刻まれてた黒田長政の文字

NHK大河ドラマ「軍師官兵衛」で岡田准一が演じてた人ですよね。この石鳥居は何と!黒田長政公のいた九州から持ってきたそうです。江戸時代に凄いですね~。

このように江戸時代の参拝者を驚愕させたこのような演出や仕掛けが境内に入るとまだまだ色々あるのが日光東照宮。

陽明門

さて日光東照宮と言えば=陽明門。平成の大修復も終わり、白と金の素晴らしい姿が見れました。私はずっと昔から、徳川家光が作った時からこの姿のままだと今の今まで思ってましたが、江戸時代でも何度も修復され修復ごとに色も屋根の瓦なども違ったそうです。それを知ったのは日光東照宮宝物館のシアター「日光東照宮 国宝陽明門」8分間の映像でした。宝物館自体の拝観料は大人1,000円、小中学生400円ですが、昔の姿をCGで見る事もできるし、今の陽明門の見どころもわかる内容だったから、先に宝物とシアターを見てから実物観光した方がより日光東照宮を楽しめると思いました。私は実物が先だったから見た後に・・・・しまった先に見ておけば・・・と後悔したぐらい・・・陽明門が昔は今の姿と違ってたから、もしかしたら他の建造物も昔は姿形が違ってたのかも知れませんね?



拝観料、御朱印所の場所と総額

東照宮境内御朱印所の場所

冒頭にも書いてますが、日光東照宮は有料参拝境内の中に御朱印所は3ヶ所あります。今でこそ日光二荒山神社輪王寺、日光東照宮とエリアが分かれてますが、明治の世までの1,000年近くも神仏習合の時代が続きこの二社一寺は日光山として輪王寺の中に日光二荒山神社と日光東照宮があった事から、東照宮の有料参拝する境内の中に輪王寺薬師堂(本地堂鳴龍)があり、そこで輪王寺の御朱印がありました。だから日光東照宮だけの御朱印となると陽明門をくぐった右側と奥宮の2ヶ所になってました。

日光東照宮の拝観料は大人1,300円、小中学生450円で宝物館の拝観料は大人1,000円、小中学生400円、東照宮拝観券+宝物館入館券の2ヶ所セットなら大人2,100円、小中学生770円と割引されます。また日光東照宮美術館に入る場合は別途大人800円、高校生600円、小中学生400円が必要です。

日光東照宮の拝観時間は4月から10月までは8時から17時まで、11月から3月までは8時から16時までですが拝観受付終了は終了時刻30分前まででした。休業日なし

御朱印巡りだけなら、日光東照宮拝観料大人1,300円+3ヶ所(300円、300円、400円)=総額2,300円必要でした。



御朱印巡りの様子と観光の見どころ

正面から見た五重塔の様子

日光東照宮の鳥居をくぐって左手に見えるのが重要文化財の1818年に再建された高さ36mの五重塔。

石灯籠と五重塔

冬に行った時雪が少しあった五重塔も美しかったですよ。

五重塔にある十二支の彫刻のうちのイノシシ

拝観料300円で五重塔の東西南北に3体ずつある十二支の見事な彫刻と内部の柱部分を見る事ができました。五重塔は輪王寺の建造物の一つでもあるようですが、お寺も神社も皆一つの神仏習合時代の建造物だから日光東照宮五重塔とも呼ばれてて、拝観チケット領収は日光東照宮となってました。

五重塔の柱部分

塔の中に入れませんが外の扉から金ピカに輝く柱(撮影禁止なので説明パネル)を見る事ができました。同じように地震が来ても倒れないように地上に柱が埋まってないという構造を間近で見る事もできました。

五重の塔拝観料を払った時にもらった記念品のクリアファイル

五重の塔拝観料を払った時にもらった記念品のクリアファイル。この五重塔の柱の構造を東京スカイツリーが応用して建てたそうです。この五重塔の基礎を考えた江戸の人って凄くないですか。

五重の塔反対側にある社務所

五重塔の反対側にも社務所がありお札などは置かれてましたが、御朱印授与所ではありませんでした。

東照宮表門前

拝観料1,300円を払って日光東照宮御朱印巡りの旅の始まりです。

汚れてた日光東照宮境内図

表門石段横に大きく描かれた日光東照宮境内図があったのですが・・・・・こっちも修復して~

拝観チケット裏

拝観チケット裏に境内図があったので大体の配置がわかりました。

仁王像と表門

重要文化財である表門。ここからすでに彫刻の芸術ゾーン突入。江戸時代の参拝者はこの門の前で「お~すげ~」と見上げて彫刻をジロジロとしたでしょうね。

三神庫

表門をくぐると目の前は上神庫、中神庫、下神庫が連なる重要文化財の「3神庫」、この日はこの前で音声案内の機材を500円で貸し出してました。東照宮は国宝、重要文化財のオンパレだから、よくわからない人は借りちゃった方がいいかも。私も借りておけばもっと深く知りながら回れた~と帰る時にちょっと後悔・・・

見どころは象の彫刻。吉宗時代に象は日本に初めてきましたが、家光時代は象という動物を知らない人だらけ、また当時「お~なんだコレ~」と驚愕させる為の彫刻があるんです。

それと今歩いてる石畳n石の形に注目!菱形になってます。菱形の角が矢印のようになっていて、参拝順路を表してたそうです。いや~江戸時代色々考えて作ってましたね~。

神厩舎

三神庫の前は見ざる、言わざる、聞かざるの三猿で有名な神厩舎(重要文化財)

目の前の三神庫が派手派手に対して、こっちは質素。でも質素にワザと作って彫刻をじっくり見せさせようとする演出のようです。猿の一生が彫られてますが、実は人間の一生とも読めますからね。

見猿言わ猿聞か猿の彫刻

平成の修復後初めて見ましたが、アニメ顔になってしまったなどメディアにビフォー、アフターが沢山流れましたが、神厩舎の外観とセットで見たらそんなに違和感は感じなかったです。

お守りなどがある社務所

神厩舎のお隣に社務所があってお守りなどが置いてありましたが、ここは御朱印所にはなってませんでした。

日光東照宮十二支の絵馬

十二支の絵馬もありました。

日光東照宮のお守り

日光東照宮の目的は江戸を鬼門から守る国家安寧が目的だと思ってたから日光東照宮のご利益を深く考えた事はなかったですが、「病気平癒」「安産・母子健全」「就職祈願・仕事成功・仕事運」「身体健全・諸願成就」「厄除け開運」「学業成就・合格祈願」「必勝祈願・スポーツ成功」「身体健全・交通安全」「厄除け招福祈願」などの各種日光東照宮お守りが置いてあったから、ほぼ全てのご利益がありそうなパワースポットなのかも知れませんね。

鼓楼、陽明門、鐘楼

陽明門手前の左側が鼓楼、右側は鐘楼でどちらも重要文化財。

陽明門への石段の手前両脇にある灯篭、実はいくつかが鉄灯篭、当時は鉄製が珍しくピカピカに光ってたでしょうから「お~すげ~」とまたまた江戸時代の参拝者は度肝を抜いてワケですね。

鉄灯篭などの奉納者が刻まれてますが、見れば伊達政宗の名もあったりしますよ。

鳴龍の薬師堂

陽明門石段前の左側にある鼓楼の奥にあるのが薬師堂(本地堂)です。お堂の中へは靴を脱いで上がって「鳴竜」の説明を聞き薬師如来像を中心とした十二支の十二神将にお参りできました。そしてお堂の出口付近に御朱印所があります。ここは日光東照宮内ですから観光客も多く御朱印はその場で書くスタイルだったので行列ができてました。

薬師堂で多分「鳴龍」と書かれた御朱印

薬師堂にて多分「鳴龍」と書かれた御朱印。東照宮の境内で御朱印を授かりましたが、このお堂のご本尊は薬師如来様だから仏様なので実際は輪王寺の中の一つの御朱印という事のようです→日光山輪王寺御朱印巡りに行った

廻廊外壁の彫刻

陽明門の左右に延びる建物が廻廊。鼓楼、鐘楼の後ろから見上げる位置にある外壁には日本で最大級の花鳥の細かい彫刻がずらり~と並んでて凄すぎて江戸時代の人同様に私も感動もんでした。

陽明門

そして日光東照宮の最大の見どころである高さ11.1mの国宝陽明門。平成の修復が終わったばかりだからピカピカです。この日は残念ながら・・でしたが、太陽の位置によっては光り輝くんでしょうね。1636年作られた当時のお金を現代にしてみると16億円もかけて作った門だそうです!!平成の大修復で使われた金箔の数は何と約24万枚、光輝く国宝建造物と言えば京都の金閣寺、アッチも綺麗ですが、金箔の数は陽明門より約4万枚少ないというからこの門がいかに凹凸があって細かく奥行があるから金箔枚数が多くなってしまったのかわかります。

陽明門の数々の彫刻

陽明門だけにある彫刻の数は508体、日光東照宮の境内にある彫刻の数は5,173体もあるけど。約10分の1がこの陽明門だけにあるから、凄いですよね~。家光公がこの門を見ながら「見てるといつの間にか日が暮れてしまう」という事から別名は「日暮の門」とも言われてるそうです。

昇り龍「八方睨みの龍」

陽明門の下をくぐる時に天井を見ると狩野探幽作の昇り龍「八方睨みの龍」と降龍「四方睨みの龍」が描かれています。この後東照宮宝物館に行ったら古いのが置いてあったからアッチが元かも。

魔除けの逆さ柱

門をくぐって左側にあるんが逆柱。白くなってる部分の模様の向きがここだけ他の柱と逆になってるから、つけ間違いしちゃったんだね~。と思うところですが、未完成でこれからも発展していくよ~という意味もあると聞いた事もありますが、魔除けの為なのかな?

唐門と修復中の本社

陽明門をくぐると目の前に国宝の唐門と修復中の本社がありました。

唐門

陽明門より小さいですが、煌びやかで荘厳の装飾に見とれしまいます。唐門は将軍や特別な身分の大名のみが通れた門だからここから通行止めとなっていてくぐる事はできませんでした。

この門、陽明門よりかなり小さいから白が基調となってます。他の門と違うのは彫刻に色がついていない演出。色がついていない彫刻を当時「なんだろ~」とじっくり眺めさせる為ではないかと私は思ってます。

彫られてるのは、神話時代の中国を納めたとされる伝説上の君主の1人である舜帝朝見の儀。これは徳のある人物が位を受け継ぎ国を治めれば豊かで平和が続くことを意味してるそうです。

だから舜帝を家康にみたてて、家康の位や地位は天から引き継がれたものだよ~と江戸時代の世間の人に知らしめる、神話時代の舜帝、神話、神「家康さま~」と言わせる演出では?唐門の奥が拝殿ですしね。

御朱印所の様子

唐門を見てから振り返ると陽明門の横に御朱印所がありました。

赤色と紺色二種類のオリジナル御朱印帳

日光東照宮オリジナル御朱印帳2200円、私が持っていた世良田東照宮オリジナル御朱印帳が丁度この前で全部埋まったのも何かの縁。紺色の御朱印帳を頂きました。

日光東照宮オリジナル御朱印帳

日光東照宮の御朱印帳の表裏のデザインはこんな感じ。

日光東照宮の御朱印

すでに御朱印帳には御朱印が書かれていて日のみ記入され渡されたので、即ゲット!

陽明門記念ステッカー

陽明門記念ステッカーも挟まれていました。

神輿舎

陽明門をくぐって正面が唐門、左側に重要文化財である神輿舎。

祈祷殿

唐門はくぐれないから右側に行くと重要文化財である祈祷殿がありました。

本社へ上がる時の下駄箱

靴を脱いで本社の中に入ってお参りできましたが、ここから先は撮影禁止。

神となった徳川家康公の拝殿の中で説明を受けられます。内部は今まで通ってきた門などの派手な感じでなく格式高い感じになってました。観光客だらけでしたが、誰もおなければ静かに落ち着いて時を過ごせるような空間でした。隣の日光二荒山神社の隣にある徳川家光が眠る輪王寺大猷院では、日光東照宮をしのぐ大きさの二天門もあったりしますが、外観の派手さは日光東照宮の陽明門の方が凄かった。しかしアッチの本殿とコッチの本社の内部を比べると家光公の本殿は金閣殿という名前だし、天井も壁も金ピカ・・・・比べると東照宮の本社の中方が控えめな感じというのは面白かったです→日光山輪王寺御朱印巡りに行った

眠り猫の彫刻

本社内部を見た後は坂下門にある国宝眠り猫の彫刻鑑賞!左甚五郎作と伝えられてる彫刻なんだそうです。

写真だと大きそうに見えますが、実際はかなり小さい彫刻です。正面から、斜めから見ても、とても猫が眠ってる感じには見えず今にも飛びかかってきそうなポーズ。「眠ったフリしてる猫」という感じにしか見えませんが、ワザとそういう演出で仕上げてるそうです。

この彫刻の奥には徳川家康公のお墓があり、家康公が眠っておられます。眠ったフリをしてて何かあったら起きて戦う。平和の時には眠るように静かであっても、何かあったら庶民の為に戦うという平和の守り神家康をイメージしてるそうです。

雀の彫刻

門をくぐった後、眠り猫の反対側には雀の彫刻があるのですが、こっちは国宝じゃないんです。境内に沢山の彫刻がありますが、一つの彫刻で国宝は眠り猫だけというのが私にとっては不思議?どの彫刻も見た目は細かく素晴らしいので・・・・・彫刻の基準は何なんだろう?

約200段ある石段の様子

眠り猫を見た後は、日光東照宮メインイベント登場!奥宮へと続く石段が見えます!この石段を上らないと日光東照宮最後の御朱印が頂けません。石段はずっと続きベンチのある休憩所まで181段、御朱印所まで194段、家康公のお墓まで200段です。急な角度の石段だから気合いを入れないと!

石段途中にあった休憩所

はぁはぁ~ぜぇぜぇしながら181段目の休憩所に着きました。写真右の石段上にある建物が御朱印所でした。でもここで少し休憩しないと体が持ちません・・・・小学生の修学旅行生らしき子供たちも「はあはぁしながら、あとどんだけ~」と皆大変そうでした。大変そうでなくマジに思いっきり疲れました。過去一度来た時はもう二度と上りたくないという印象の場所でしたが、御朱印の趣味始めちゃったから気合いを入れて上り続けました・・・・

奥社銅神庫と狛犬

休憩所の前にあるくぐってきた奥社鳥居も、この写真の建物=奥社銅神庫も左にある狛犬も全て重要文化財でした。

奥社拝殿

休憩所181段から御朱印所のある194段目まで上がると歴代将軍だけがお参りできた需要文化財の奥社拝殿がありました。

鋳抜門と御宝塔

御朱印を頂く前に先に観光、残りの石段を上がると鋳抜門(いぬきもん)・御宝塔からなる徳川家康公のお墓所がありました。

叶杉

ご宝塔の近くに諸所の願い事をこの杉のほこらに向かって唱えると願い事が叶うと伝えられてるという樹齢約600年の「叶杉」がありました。若い子たちもお参りしてました。

奥宮の御朱印所

そして最後の御朱印所へ

各種お守りと御朱印のお知らせ

下の境内にあったお守りとは違う奥宮のお守りや眠り猫絵馬もありました。奥宮の御朱印は紙に書いた御朱印を渡すという事で400円でした。

日光東照宮奥宮御朱印

最後の日光東照宮奥宮御朱印ゲット!

眠り猫ステッカー

眠り猫の記念ステッカーも袋の中に入ってました。

これにて日光東照宮御朱印巡りの旅終了!最後の石段が辛かった~。でも苦労した分有難い御朱印になりました。

表門から石鳥居を見た景色

表門を出て日光東照宮の有料拝観エリア観光は終わりましたが、江戸時代の人は東照宮=当時の最高芸術作品と最高の豪華さ見られる場所だった事でしょうね。

でもまだまだ、現代は東照宮の見どころはまだあるんです。表門の石段降りて黒田長政公奉納の石鳥居をくぐらずに、左側にある社務所の裏側に行ってみました。

御仮殿

メインの参道から外れてるし、まさかこんな所に何かあるとは思わないでしょう。実際私も行ってみたら、何だコレは?と初めて見ました。そんな場所だから殆ど観光客はいませんでしたが、1639年に建てられた御仮殿で本社の修復が行われる時はこちら側に祀らてた社殿が残ってるそうです。派手さはないものの、静寂に満ちた中にある社殿は派手派手な東照宮と違った良い雰囲気の佇まいでした。

武徳殿と日光東照宮宝物館

御仮殿の下にあるのが登録有形文化財であるである武徳殿(写真奥)と日光東照宮宝物館、宝物館は家康公御着用の「南蛮胴具足」(重文)や名刀「勝光宗光」(重文)などの刀剣類、寛永の大造替に際して上棟祭に用いられた「大工道具及び箱」(国宝)、「東照社縁起」(重文)、家康公御画像などなどの他に東照宮の見どころがわかるシアターもあり宝物館の拝観料は大人1,000円、小中学生400円でした。

日光東照宮宝物館にあった上島珈琲店のメニュー

また宝物館の一階には上島珈琲店があり店内休憩もできるようになってました。他にも日光東照宮美術館(大人800円、高校生600円、小中学生400円)があって旧社務所の杉戸、襖などの障壁画のほか、掛け軸や「横山大観」が手がけた「朝陽之図」をはじめ「中村岳陵」「荒井寛方」「堅山南風」などなどの日本画100点を公開してるそうですが、時間的に行けなかったから、私の日光東照宮御朱印巡りは終わっても日光東照宮観光は次回へ繰り越しとなりました。



所要時間と感想や口コミ

御朱印巡りをすると必然的に観光もすると思われるので、ぱ~と見て回って3ヶ所の御朱印頂くぐらいなら所要時間は60分~90分ぐらいだと思います。他に東照宮宝物館や美術館も入れたら全部ぱ~と見て回っても所要時間は2時間~3時間かかると思われます。じっくり見て回りながら御朱印を頂く場合だとかなり所要時間がかかると思います。何故なら日光東照宮は建造物以外にも5,173体もの見事な彫刻があるんです。私の場合はそこそこじっくり見ながら回って御朱印巡りして宝物館に入って所要時間は3時間かかりました。美術館も回りたかったのですがタイムアウト。

さて、まじに見どころ満載で新しくなった陽明門は豪華絢爛で見とれてしまいました。陽明門は南向きだから太陽が正面にある時間帯が金箔が輝き昼間の中で一番輝いて見えるのでじゃないかと思いました。私は2時頃だったから斜めから見たら光り輝く状態・・・・今度は時間を計ってまた見に行ってみようっと。

私は宗教にはまったく興味がないのですが、寺社仏閣などの造形美と景色が好きだし、戦国武将の中で家康公が好きな為に久能山東照宮や世良田東照宮、浜松東照宮(家康公が初めて浜松に入城した時の跡地)に行ったりしましたが、日光東照宮だけは超派手ですね。家康公自体の晩年の生き方は質素倹約でせっせと貯金してた聞くので本人としては派手を望まないような気がしますが、家光公がよっぽどおじいちゃん好きで派手になっちゃたのかな?そんな事を思いながら日光東照宮を今回は見て回りながら御朱印巡りしてました。何度行っても豪華絢爛な装飾と細かい彫刻に感動しますね。


【2019年】神事、例祭など

赤色の行事は日光東照宮大混雑が予想される日

毎月1日、17日、26日は、月次祭

1月歳旦祭、新年特別祈祷(初詣1月1日から)

2月節分祭、紀元祭、祈年祭

3月献穀講大祭

4月14日酒迎式(東照宮表門)

5月栗石返奉告祭、献酒

5月17日は春季例大祭・神事流鏑馬

5月18日は渡御祭「百物揃千人武者行列」

6月神田御田植祭大祓式(水無月大祓)

8月17日と18日は日光剣道大会

10月献菓展、菊花展

10月16日は神事流鏑馬

10月17日は秋季祭・渡御祭「百物揃千人武者行列」

11月明治祭、神田抜穂祭、新嘗祭

12月御煤払祭、天長祭、大祓式(師走大祓)

12月31日は除夜祭


アクセス、駐車場、境内図



日光東照宮:栃木県日光市山内2301、電話:0288-54-0560

アクセス:日光宇都宮道路日光インターから約2.8キロ、渋滞なければ車で約5分前後の道のり。土日は特に大渋滞・・・・

鬼怒川温泉から約20.9キロ、渋滞なければ車で約30分の道のり。

中禅寺立木観音から約18.5キロ、渋滞なければ車で約23分の道のり。

日光湯元温泉温泉寺から約30.5キロ渋滞なければ車で約40分の道のり。

東武日光駅からなら約2キロ、若干坂道の上りだから徒歩約20分~30分、世界遺産めぐりバス(乗車代500円)もあります。

私の地元桐生市からは高速道路を使わず国道122号線走って約62キロ、車で約100分でした。

世界遺産日光の社寺の駐車場マップ

世界遺産日光の社寺の駐車場マップです。日光東照宮へは東照宮駐車場、または日光二荒山神社駐車場が近いですが、土日祝日などは車が多くおそらく渋滞してるので駐車場を選んでる余裕はないと思います。東照宮以外にも行くハズだから空いてたらどこでも停めるスタンスが良いかと思います。私のように駅前通りを通らず、中禅寺湖や足尾方面から行く場合、駐車場の穴場は日光二荒山神社の駐車場です。

二荒山神社駐車場

国道側に案内看板が少ないからメジャーな存在でなく、西参道(駐車マップで二荒山神社の場所確認)を走ればすぐ着きます。隣は日光東照宮だからそんなに歩かなくても行けます。

 

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